少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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一過

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 襲撃が終わってから翌朝にかけて、駆けつけた警察の事情聴取で慌ただしかった。話を聞かれる人間に選ばれたのは、事件当時小毬にいた人間全員。小毬に籍を置かないよそ者である沖野真一も例外扱いは許されなかった。

 人食い虎を退治する力を持つと豪語する、僧侶を装った、素性不明の部外者。この悲劇の演出兼主演は虎とはいえ、取り調べをする側からすれば決して看過できない存在だろう。
 しかしありがたいことに、咲子を中心とした住人たちが上手く説明してくれたらしく、四国八十八か所巡りをしている旅の人間と見なされた。集会所にいたのは、不定期で住人たちのあいだで行われる会合に、旅人らしい好奇心から自らも参加していたから。そう弁明することで、呆気なく信用を得られた。

 総勢二十四名が犠牲になるという大惨事だったわりに、関係者の取り調べと現場検証は簡単に済んだ。それが真一の率直な感想だ。

 正午近くになって、最後の一人となる警察官がようやく小毬を去った。

 目と鼻の先で大虐殺を見せつけられて、真一が受けた精神的ショックは決して小さくなかった。ただ、虎と交わした取引によって我が身の安全は保障されていたし、自分以上に怯える咲子を保護するというひと仕事をこなした。そのおかげで、惨劇の規模ほどは感情を揺さぶられなかったし、精神状態が平常に戻るまでも速かった。
 血の臭いと、牙と爪に切り裂かれた肉の生々しさのせいで、夕食はさすがに喉を通らなかったが、一夜が明けての朝食は普通に食べた。あと五時間も経てば、普通に昼飯を食ってるんだろうな。そう思いながら、南那が用意したひじきの煮物や、冷ややっこや、根菜のマヨネーズサラダなどのおかずを黙々と口に運んだ。

 朝食の席では、当然、昨夜の事件が話題に上った。というよりも、昨夜真一が帰宅してからというもの、南那が事件にいっさい触れようとしないので、気持ち悪くなって彼のほうから話を振った。

「食事中にする話題じゃないかもだけど、昨夜の事件のこと、南那ちゃんも当然聞いてるよね?」
「はい。針田の旦那さんが血相を変えて飛んできて、集会所に虎が現れたから迎え撃つ、と伝えたのが最初ですね。事件後に顛末を話してくださったのも針田さんです」

「針田の旦那さん」というのは六十手前の小太りの男性で、今宮家の近所に建つ一軒家で妻と二人暮らしをしている。真一も何度か顔を合わせる機会、ささやかながらも言葉を交わす機会があったが、人格にも容貌にも思想にも特徴的なところのない凡庸な人物だ。
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