74 / 120
日記
しおりを挟む
日記だ。虎との対話の模様を含む、自身の昨日一日の体験について簡潔につづった、日記。
嘘を書いた? その可能性も完全には否定できないが、無駄を省いた淡々とした記述はいかにも南那らしくて、本物くさく感じられる。
それが最新の日記だった。遡っていくうちに、真一が小毬に来た当日の日記にたどり着いた。そこにつづられていた文章を見て、彼はたまらない気持ちになった。
『虎を退治する力? たぶん、嘘だ。根拠というほどのものはまだ得ていないけど、そんな気がする。
ずっとずっと、今日のような生活が続くのだろう。』
明らかに、現状に不満を持っている人間の言葉だ。
声でも、表情でも、しぐさでも、感情をめったに表明しない少女の本心が、まさか文章から見え透くとは。
南那は虎と交流を持っている。一方で、その現状に不満を抱いてもいる。
ということは、つまり、虎に脅された結果生まれた交流?
構図だけ見れば、真一とまったく同じだ。
噂によると、南那は虎に依頼して、不仲だった父親を殺させたらしい。その代償として、毎日食料を持ってこさせられたり、咲子たちの動きを報告させたりする義務を負わされたのだろうか?
日記は嘘かもしれないし、噂はでたらめかもしれない。明日にも住人からリンチされて殺されるかもしれないという状況下で、不確かなものは極力抱え込みたくない。
ノートを閉ざす。引き出しには戻さずに、引き出しを閉める。ノートを南那の目の届かない場所に戻してしまうと、日記を見なかったことにして、また逃げてしまいそうだったから。
怖いだとか、ためらいを覚えるだとか、もはや悠長なことは言っていられない。
自分の命のためなら、利益のためなら、手段は選ばない。それが沖野真一という男だろう?
* * *
「南那ちゃん、おかえりなさい」
帰宅した南那を、沓脱のすぐ真上から真一は出迎えた。この行動をとったのは、同居を始めて六日目の今日が初めてだ。
感情が表出しないレベルではあっても、やはり驚きはあったらしく、南那は二秒ほど間を置いてから「ただいま」と応答した。靴を脱いで上がろうとしたところに、真一は無言でノートを突きつける。南那の顔に、今度は明確に驚きの色が浮かんだ。
「ごめんね。君が不在の隙にノートを見つけて、中身を見たよ。――南那ちゃんは虎と交流を持っているんだね? 文章中にあった『中後保』というのは、虎に生まれ変わったとされる自殺した青年の名前だから、たぶんそういうことだと思うんだけど」
間があった。沈黙して逃げるか。逃げ場はないと開き直るか。どちらもありえそうに思えて、緊張しながら返事を待ち構える。
「そうです。私は虎と毎日会話する機会を持っています」
やがて南那はそう答えた。さばさばとした口調だ。
「露見した以上は仕方ないので、ありのままの真実を話します。というよりも、話したいのが本心だったのかもしれませんね。なにがなんでも真実を隠し通したいのだったら、鍵のない引き出しにはしまっておかないでしょうし」
「……南那ちゃん」
「話す場所は家の中で構いませんか? 地区長とは歩きながら話をしたので、喉が渇いたんです。いつも食事をするときみたいに卓袱台を囲んで、冷たいお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。……そう長くはかからない気もしますが」
嘘を書いた? その可能性も完全には否定できないが、無駄を省いた淡々とした記述はいかにも南那らしくて、本物くさく感じられる。
それが最新の日記だった。遡っていくうちに、真一が小毬に来た当日の日記にたどり着いた。そこにつづられていた文章を見て、彼はたまらない気持ちになった。
『虎を退治する力? たぶん、嘘だ。根拠というほどのものはまだ得ていないけど、そんな気がする。
ずっとずっと、今日のような生活が続くのだろう。』
明らかに、現状に不満を持っている人間の言葉だ。
声でも、表情でも、しぐさでも、感情をめったに表明しない少女の本心が、まさか文章から見え透くとは。
南那は虎と交流を持っている。一方で、その現状に不満を抱いてもいる。
ということは、つまり、虎に脅された結果生まれた交流?
構図だけ見れば、真一とまったく同じだ。
噂によると、南那は虎に依頼して、不仲だった父親を殺させたらしい。その代償として、毎日食料を持ってこさせられたり、咲子たちの動きを報告させたりする義務を負わされたのだろうか?
日記は嘘かもしれないし、噂はでたらめかもしれない。明日にも住人からリンチされて殺されるかもしれないという状況下で、不確かなものは極力抱え込みたくない。
ノートを閉ざす。引き出しには戻さずに、引き出しを閉める。ノートを南那の目の届かない場所に戻してしまうと、日記を見なかったことにして、また逃げてしまいそうだったから。
怖いだとか、ためらいを覚えるだとか、もはや悠長なことは言っていられない。
自分の命のためなら、利益のためなら、手段は選ばない。それが沖野真一という男だろう?
* * *
「南那ちゃん、おかえりなさい」
帰宅した南那を、沓脱のすぐ真上から真一は出迎えた。この行動をとったのは、同居を始めて六日目の今日が初めてだ。
感情が表出しないレベルではあっても、やはり驚きはあったらしく、南那は二秒ほど間を置いてから「ただいま」と応答した。靴を脱いで上がろうとしたところに、真一は無言でノートを突きつける。南那の顔に、今度は明確に驚きの色が浮かんだ。
「ごめんね。君が不在の隙にノートを見つけて、中身を見たよ。――南那ちゃんは虎と交流を持っているんだね? 文章中にあった『中後保』というのは、虎に生まれ変わったとされる自殺した青年の名前だから、たぶんそういうことだと思うんだけど」
間があった。沈黙して逃げるか。逃げ場はないと開き直るか。どちらもありえそうに思えて、緊張しながら返事を待ち構える。
「そうです。私は虎と毎日会話する機会を持っています」
やがて南那はそう答えた。さばさばとした口調だ。
「露見した以上は仕方ないので、ありのままの真実を話します。というよりも、話したいのが本心だったのかもしれませんね。なにがなんでも真実を隠し通したいのだったら、鍵のない引き出しにはしまっておかないでしょうし」
「……南那ちゃん」
「話す場所は家の中で構いませんか? 地区長とは歩きながら話をしたので、喉が渇いたんです。いつも食事をするときみたいに卓袱台を囲んで、冷たいお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。……そう長くはかからない気もしますが」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
【短編集】こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる