少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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咲子の過去④

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 私はそれを絶好の機会と捉えて、両者の仲裁に乗り出した。
 中後保いじめは、いじめる側が好き好んで始めたことだけど、一方で、被害者に報復されたくないという気持ちも強く持っている。彼らは若い女である私を過小評価しているけど、一定以上の好感と信頼を寄せてもいる。中後保からすれば、彼は他人の干渉を拒絶している孤独な人間だけど、そうはいっても味方になってくれる人間は欲しい。私は中後と年齢が近いから、若者の心理も理解できるし、共感してあげられる。ようするに、仲裁役としては適任というわけ。

 住人に対しては、とにかく中後保を刺激しないように、距離をとるようにって言い聞かせた。いい歳をして中学生のいじめみたいな真似をするお前らが悪い、ではなくて、悪いのは中後のほうだけど治安を守るのも大事、小毬の平和を維持するためにも、申し訳ないけどあなたたちのほうが譲歩してほしい、みたいな言いかたをして。
 そうやって多数派をなだめておいたうえで、私は中後保との話し合いに臨んだ。

 両親の理解を得ているんだから、働いていないのも、小説家になるために修行をするのも悪いことではない。他人との違いを認めようとしない、頭の固い年寄りたちにこそ非はある。非はないのに自制するのは屈辱的かもしれないが、乱暴な真似は慎んでほしい。不満や愚痴があるなら、今後は私があなたの家を定期的に訪問するようにするから、そのときにぶちまけて。
 一言一句記憶しているわけではないけど、そういう意味の言葉をかけた。アドバイスとしては月並みなんだろうけど、親身になって接したし、これからも友だちみたいに親しく付き合っていこうっていう、暗黙のメッセージは惜しみなく発信した。

 私としては最も効果的な方法を採用したつもりだったんだけど、間違っていた。説得の甲斐なく、中後保の凶行がやまなかったという意味じゃないよ。凶行の矛先が私に向いたの。

 忘れもしない、うだるように暑い夏の日、西島家に無断侵入した中後が私をレイプしようとした。ナイフで脅して、服を脱がせて、体を触って、いきり立ったものを無理矢理挿入しようとした。
 そのさいに、中後は愚かにもナイフを手放したから、私は体を思いきり突き飛ばして家から飛び出して、集会所に駆け込んで助けを求めた。たまたま会合かなにかがあって、大勢の人が居合わせたものだから、たちまち大騒ぎになった。中後保は生かしておけないということになって、みんなは武器代わりに農具を手にして中後家まで押しかけた。総勢三十名くらいだったかな。私は女たちに守られていたから現場には行っていなくて、これはあとから聞いた話なんだけど――。

 武装した男たちは中後家を取り囲んで「出てこい」と呼びかけた。何度呼びかけても応答がなかったから、玄関の戸を壊して中に入った。そして、梁にかけたロープで首を吊っている中後保を発見した。中後はすぐにロープから下ろされたけど、すでに息絶えていた。家内を探索した人間の報告によると、書きかけの原稿や所蔵してある書籍の一部が燃やされていたみたい。現場検証した警察官の話によると、火の勢いが足りなくて少ししか燃えなかったみたいね。まあその原稿や書籍も、一か月後に誰かが中後家を放火して、家屋ごと灰になっちゃったんだけど。
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