少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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絶望

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 言いたいことも、言いたくないが言わなければいけないことも、なにもかも言えないままに、小毬滞在六日目は終わろうとしていた。

 真っ暗な部屋の中、薄手の掛け布団を被らずに仰向けになった真一の目は冴えていた。
 畳の間と板張りの間に障壁はない。襲おうと思えばいつだって襲える場所で、熱帯夜にもかかわらず、律儀に首から下を掛け布団で覆った南那に、彼は絶えず思いを馳せている。

 南那は初日の夜に真一の布団まで来た。一糸まとわぬ姿だった。闇の中に浮かぶ幽霊のように白い肌は、今でも鮮明に記憶している。真一とセックスをするのが目的だと明言していたが、性欲が原動力となった行動ではないようだった。では、動機はなんだったのか。
 彼女は実の父親から、性的なものを含む虐待を受けていた。それが大きく影響しているのは間違いない。ただ、父親から虐待を受けたことと、真一とのセックスを望んだこと、この二つを結ぶものが見えてこない。

 結論を出せないでいるうちに、それとはまったく無関係の想念の数々が、次から次へと脳裏を過ぎりはじめた。

 真一は最初、それらが過ぎ去るのをただ傍観していた。しかし不意に、看過できない問題の存在を感知し、息を呑んだ。
 今宮南那は明日の夜、鎮虎祭で生贄になって短い生涯を終える――。

「南那ちゃん、起きてる?」

 時間帯を考慮したボリュームで呼びかけると、布団の生地が擦れる音がした。

「ああ、起きてるね。少し話がしたいんだけど、いいかな?」
「構いませんが、なんでしょうか」

 口調はくっきりとしている。呼びかけられて目覚めたのではなく、真一と同じように、布団に入ってからずっと眠れずにいたのかもしれない。

「明日は鎮虎祭が開かれる日だけど、怖くない? 考えがたいことだけど、虎が襲ってくるよりも先に鎮虎祭が開催されたら、南那ちゃんは殺されちゃうわけだよね」
「大丈夫ですよ。わたし、中後さんを信頼していますから」

 真一の知らないところで虎となんらかの約束を交わしたから、ではなく、中後保だからこそ無条件で信頼している。そんな口ぶりだ。

 南那が生贄として殺されるよりも前に虎が住人を襲撃すれば、四日目の夜に集会所で起きた惨劇が再現されるのだろう。参加した他の住人と同様、咲子も殺されることになる。真一のことを好きだと明言し、体を交えた人が。

 そして、そのさらにあとのことにまで、彼は想像力を働かせる。

 二十四名が殺されたたった三日後に、再び大量の住人が殺されたのだから、三日前以上の大騒ぎになるだろう。ただ、鎮虎祭に参加しない住人は何十人もいる。惨劇の現場に居合わせたものの、奇跡的に虎の脅威から逃げきった者も、少数派かもしれないがきっといる。立て続けに大惨事が起きたことで、身の安全のために小毬を離れる者も何人か出るだろうが、きっと全員ではない。
 つまり、小毬における小毬らしい日常は明後日以降も続く。住人の数を減らしながらも運営されていく。

 真一や南那にとってみれば、虎に囚われた生活が続くことになる。
 絶・望。

 虎を退治する? 虎から逃げる? どちらも無理だ。
 絶・望。

 真一はがくりと首を垂れる。

 ――逃げたい。小毬からというよりも、なにもかもから。考えることからも、行動することからも。

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