102 / 120
七日目の朝
しおりを挟む
七日目の寝覚めは悪くなかった。
しかし、同時に違和感も覚えた。真一の肉体ではなく、外界に起因する違和感。
その正体をすでに把握しているような、見当もつかないような気分で着替えているうちに、忽然と気がついた。南那がまだ寝ているのだ。いつも真一が目を覚ますころには、遅くても朝食作りに取りかかっているか、最も早かったときでは、すでに朝食を終えて仕事に励んでいたくらい、朝は早いのに。
体調不良かと心配したが、覗き込んだ顔は苦痛に苛まれてはいなかった。安らかに、とか、リラックスしきって、といった表現が適当なほど緩んでいないが、不調を抱え込んでいる様子もない。
昨夜、消灯後に真一が投げかけた提案に心を悩まされ、眠りに就く時間が遅くなったせいではないか。彼にはそう思えてならない。
罪滅ぼしの意味も込めてそっとしておくことにして、一人で朝食をとる。白米は炊けていないが、冷蔵庫に作り置きのおかずが数種類あったので、充分に腹を満たせた。いつも向かいの席にいる少女は不在だが、不思議とさびしさは感じない。
箸と口を黙々と動かしながら、食べ終わり次第虎に会いに行こう、と方針を決定する。
話す内容はまだなにも決まっていない。それでも、とにかく、鎮虎祭開催までに虎と会話する機会を持ちたかった。
* * *
真一が家を出るまでに南那は起床しなかった。朝食を終えた時点で目を覚ましていたが、まぶたを閉ざし、時折寝返りを打つくらいで、布団から出ようとする意欲を見せない。彼女をぐずぐずさせているのは、絡みつくような悪性の眠気か、あるいは精神的な問題なのか。どちらにせよ、起床を強要する理由はない。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるね。ゆっくり寝るんだよ」
虎に会いに行く、とは言わなかった。対話するのが目的だが、議題が曖昧なため、理由を問われれば返答に窮してしまうと考えたからだ。南那からの返事はなかった。玄関の木戸を閉ざし、早くも暑苦しい屋外を歩き出す。
緑の絨毯が敷かれた寝床か、南那と会うさいに使っている場所か。少し迷ったが、今宮家に近いということで、まずは後者まで様子を見に行った。しかし、虎は不在だった。
虎はたしか夜行性だったから、朝は寝床で体を横たえているのかもしれない。そう考えてもう一か所に行ってみたが、ここにもやはり虎の姿はない。
草の絨毯に手を宛がってみたが、ぬくもりは感じない。そもそも、獣臭さが漂っていない。つまり、虎はかなり前から活動を開始している……?
胸騒ぎがする。今朝足を運んだ二か所以外で虎が行きそうな場所は――。
「戻らないと」
真一は駆け足で道を引き返した。
しかし、同時に違和感も覚えた。真一の肉体ではなく、外界に起因する違和感。
その正体をすでに把握しているような、見当もつかないような気分で着替えているうちに、忽然と気がついた。南那がまだ寝ているのだ。いつも真一が目を覚ますころには、遅くても朝食作りに取りかかっているか、最も早かったときでは、すでに朝食を終えて仕事に励んでいたくらい、朝は早いのに。
体調不良かと心配したが、覗き込んだ顔は苦痛に苛まれてはいなかった。安らかに、とか、リラックスしきって、といった表現が適当なほど緩んでいないが、不調を抱え込んでいる様子もない。
昨夜、消灯後に真一が投げかけた提案に心を悩まされ、眠りに就く時間が遅くなったせいではないか。彼にはそう思えてならない。
罪滅ぼしの意味も込めてそっとしておくことにして、一人で朝食をとる。白米は炊けていないが、冷蔵庫に作り置きのおかずが数種類あったので、充分に腹を満たせた。いつも向かいの席にいる少女は不在だが、不思議とさびしさは感じない。
箸と口を黙々と動かしながら、食べ終わり次第虎に会いに行こう、と方針を決定する。
話す内容はまだなにも決まっていない。それでも、とにかく、鎮虎祭開催までに虎と会話する機会を持ちたかった。
* * *
真一が家を出るまでに南那は起床しなかった。朝食を終えた時点で目を覚ましていたが、まぶたを閉ざし、時折寝返りを打つくらいで、布団から出ようとする意欲を見せない。彼女をぐずぐずさせているのは、絡みつくような悪性の眠気か、あるいは精神的な問題なのか。どちらにせよ、起床を強要する理由はない。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるね。ゆっくり寝るんだよ」
虎に会いに行く、とは言わなかった。対話するのが目的だが、議題が曖昧なため、理由を問われれば返答に窮してしまうと考えたからだ。南那からの返事はなかった。玄関の木戸を閉ざし、早くも暑苦しい屋外を歩き出す。
緑の絨毯が敷かれた寝床か、南那と会うさいに使っている場所か。少し迷ったが、今宮家に近いということで、まずは後者まで様子を見に行った。しかし、虎は不在だった。
虎はたしか夜行性だったから、朝は寝床で体を横たえているのかもしれない。そう考えてもう一か所に行ってみたが、ここにもやはり虎の姿はない。
草の絨毯に手を宛がってみたが、ぬくもりは感じない。そもそも、獣臭さが漂っていない。つまり、虎はかなり前から活動を開始している……?
胸騒ぎがする。今朝足を運んだ二か所以外で虎が行きそうな場所は――。
「戻らないと」
真一は駆け足で道を引き返した。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
【短編集】こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる