少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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七日目の朝

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 七日目の寝覚めは悪くなかった。
 しかし、同時に違和感も覚えた。真一の肉体ではなく、外界に起因する違和感。

 その正体をすでに把握しているような、見当もつかないような気分で着替えているうちに、忽然と気がついた。南那がまだ寝ているのだ。いつも真一が目を覚ますころには、遅くても朝食作りに取りかかっているか、最も早かったときでは、すでに朝食を終えて仕事に励んでいたくらい、朝は早いのに。
 体調不良かと心配したが、覗き込んだ顔は苦痛に苛まれてはいなかった。安らかに、とか、リラックスしきって、といった表現が適当なほど緩んでいないが、不調を抱え込んでいる様子もない。
 昨夜、消灯後に真一が投げかけた提案に心を悩まされ、眠りに就く時間が遅くなったせいではないか。彼にはそう思えてならない。

 罪滅ぼしの意味も込めてそっとしておくことにして、一人で朝食をとる。白米は炊けていないが、冷蔵庫に作り置きのおかずが数種類あったので、充分に腹を満たせた。いつも向かいの席にいる少女は不在だが、不思議とさびしさは感じない。

 箸と口を黙々と動かしながら、食べ終わり次第虎に会いに行こう、と方針を決定する。
 話す内容はまだなにも決まっていない。それでも、とにかく、鎮虎祭開催までに虎と会話する機会を持ちたかった。

 
* * *
 

 真一が家を出るまでに南那は起床しなかった。朝食を終えた時点で目を覚ましていたが、まぶたを閉ざし、時折寝返りを打つくらいで、布団から出ようとする意欲を見せない。彼女をぐずぐずさせているのは、絡みつくような悪性の眠気か、あるいは精神的な問題なのか。どちらにせよ、起床を強要する理由はない。

「じゃあ、ちょっと出かけてくるね。ゆっくり寝るんだよ」

 虎に会いに行く、とは言わなかった。対話するのが目的だが、議題が曖昧なため、理由を問われれば返答に窮してしまうと考えたからだ。南那からの返事はなかった。玄関の木戸を閉ざし、早くも暑苦しい屋外を歩き出す。

 緑の絨毯が敷かれた寝床か、南那と会うさいに使っている場所か。少し迷ったが、今宮家に近いということで、まずは後者まで様子を見に行った。しかし、虎は不在だった。

 虎はたしか夜行性だったから、朝は寝床で体を横たえているのかもしれない。そう考えてもう一か所に行ってみたが、ここにもやはり虎の姿はない。
 草の絨毯に手を宛がってみたが、ぬくもりは感じない。そもそも、獣臭さが漂っていない。つまり、虎はかなり前から活動を開始している……?

 胸騒ぎがする。今朝足を運んだ二か所以外で虎が行きそうな場所は――。

「戻らないと」
 真一は駆け足で道を引き返した。
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