深淵の孤独

阿波野治

文字の大きさ
40 / 59

北山の誘い③

しおりを挟む
「バラバラに切り刻まれてゴミに出されたり、トイレに流されたりしたのかな? 燃やされたり煮込まれたりして、もう跡形もなくなっていたりして。楠部くんはその中のどれだと思う?」

 北山は唇を閉ざした。私の考えは述べ終わったから、あとはあなたの意見をよろしく。そういう意味だろう。

「どれって言われても、分からないよ」
「私が挙げた候補の中ならどれも可能性がある、という意味?」

 堪らなく嫌な予感がする。しかし、何らかの反応を示さなければ、話が永遠に前進しない気がして、首肯する。北山の笑みの度合いが深まった。

「そうだよね。どれも有り得るよね。私、実は、目星をつけている場所があるの。髪尾山っていう山、楠部くんは分かるかな? 荻原っていう団地があるんだけど、その近くに登山口があるの。そこから十分か十五分くらい登ると、結構大きな湖があって」

 髪尾山、という言葉を聞いた瞬間、筧も過去にその山に言及していたことを思い出した。あの場所は恐らく警察が既に捜索済みで、それなのに何の発表もないということは、あの場所に宮下紗弥加の遺体は遺棄されていない。そんな私見を述べていたが、北山の考えは異なっていた。

「私、その湖が怪しいと思うんだ。新聞もテレビもネットも、毎日結構熱心にチェックしているんだけど、警察はまだそこは捜索していないみたいだし。というわけで、楠部くん」

 北山は突如として歩幅を広げた。僕の二歩ほど前に出ると同時に踵を回し、立ちはだかって進路を塞ぐ。物理的に前進が不可能になったからではなく、北山に命じられたからとでもいうように、僕の両足の靴底は地面に固着する。笑みを意識的に抑圧した成果のような、限りなく笑顔に近いが、笑顔の枠からは外れた柔和な表情で、真っ直ぐに僕を見据える。

「明日か明後日、つまり土曜日か日曜日、私たち二人で湖まで行ってみない?」

 すぐに返事はできない。できるはずもない。
 私は宮下紗弥加殺しの犯人で、髪尾山の湖に宮下紗弥加の遺体を捨てましたよ。そう暗に主張しているのだろうか? 「リボンの鬼死」の自己顕示欲の強さを思えば、その解釈が正しいようにも思える。
 ただ、一緒に行こうという誘いが付属した。それが引っかかる。これも自己顕示欲を満たしたいがため? その解釈で間違ってはいない、と思う。
 しかし、百点満点の回答ではない。根拠は示せないが、そんな気がする。

 北山は僕の返答を待ち受けている。永遠にでも待っていそうな、待ち続けられそうな静けさを全身にまとわせて、待っている。

 宮下紗弥加の首から下を湖に遺棄したのが北山だとすれば、現地に足を運び、遺体が遺棄されている事実を僕に示すつもりなのだろうか。例えば、湖底に沈んだ腐りゆく肉塊を、何らかの方法で引っ張り上げるなどして。
 だとすれば、思い切った行動だ。自らの退路を断つ行動、と換言してもいいかもしれない。
 北山は、宮下紗弥加殺しの犯人は自分だと、僕に告白したがっている。

 その推察が正しいならば、「リボンの鬼死」にしては不可解な行動と言わざるを得ない。体育館で会話を交わした時は、あくまでも限りなく遠回しに匂わせただけで、「我こそが『リボンの鬼死』だ」と決して明言しようとはしなかった。犯行声明文でも、残虐非道で異常極まる殺人鬼としての自己をアピールしていたが、己に通じる情報は一切記していなかった。尊大ではあるが慎重で、前のめりではあるが無謀ではない。それが「リボンの鬼死」だったはずだ。
 何かが間違っている。僕の推察が? 「リボンの鬼死」に対する認識が? 定かではないが、とにかく何かが。

「湖には一度だけ行ったことあるんだけど、水の透明度が高くて綺麗だった。静かで、空気も澄んでいて、ただそこにいるだけで安らげるっていうか。楠部くんは今週ずっと体調が優れないみたいだけど、きっと癒されると思うな」

 沈黙の長さに根負けしたというよりも、説明不足に気がついたから当然の義務として補ったというように、北山は付言した。
 黒々とした感情が滲み出そうなくらい白々しい台詞だ。核心には触れない。今のところ、その方針は徹底されている。

 北山司という個人が「リボンの鬼死」だと疑われても差し支えないが、「リボンの鬼死」だと認定はされたくない。北山司=「リボンの鬼死」という前提のもとに、何らかの思い切った行動に踏み切られたくない。北山はそう考えている節がある。
 しかし、宮下紗弥加の遺体の所在を報せるという行為は、その方針からは明らかに逸脱している。
 あくまでも遺体を発見しただけで、殺したのは自分ではないと言い張るつもりなのだろうか。だとしても、警察沙汰に発展するのはまず避けられない。それは北山が望む展開ではないはずだ。
 だとすれば、なぜ?

 突然、両脚に力が入らなくなり、僕はその場に蹲る。
 全力疾走した直後のような息が規則的に口から出る。眩暈が双眸の奥で虹色の渦を描く。
 何だ、これは。何なんだ、これは。

 さも混乱しているかのように心中で呟いたが、実際には心は一定の落ち着きを確保している。むしろ凪のように穏やかで、立ち眩みにも似た症状の原因を沈着冷静に理解している。
 これ以上の思案の継続を、脳髄が断乎として拒絶したのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...