緘黙記

阿波野治

文字の大きさ
5 / 25

小学校中学年

しおりを挟む
 中学年になった慎也は、クラスメイトの一部の男女から日常的にきつい言葉をぶつけられるようになった。とはいえ、彼らくらいの年齢では、残忍といっても高が知れていたし、日常的といっても、慎也を虐げることを学校生活における生き甲斐にする執拗さ、徹底さは待ち合わせていなかった。
 学校へ行きたくない。
 この時代、慎也は初めて、そのような考えを明確に抱いた。それにもかかわらず、彼が病気以外の理由から学校を休まなかった最大の要因は、彼にとっての加害者たちに、残忍なりに甘いところがあったからに他ならない。
 中学年の二年間において、慎也を最も屈辱的な目に遭わせたのは、クラスメイトではなく担任教師だった。
 小学三年生の時の担任だったTは、相対した者に緊張を強いる雰囲気を醸した男性教師だった。無愛想というわけでは決してなく、笑顔を見せる回数も時間も少なくなかったが、その口から発せられる言葉には常に棘が含まれていた。自らの好みに応じて児童への接し方を変える節があり、優等生の枠から外れた者には厳しい態度で臨む傾向にあった。
 慎也はTに嫌われている児童の一人だった。成績優秀な部類に入り、集団の和を故意に乱すことは決してなかったが、人前で喋らないという他の児童にはない特徴、それをTは過大かつ悪意に評価したのだ。
 慎也は何度、Tの言動に不愉快な思いをさせられたか分からない。中でも忘れられないのは、二学期の休み時間に起きた一件だ。
 Tが受け持つ算数の授業が終わった後だった。その日の日直だった慎也は、クラスメイトの机の上に置かれた宿題のプリントを回収し、教卓の傍らで待機していたTに差し出した。性急な性格のTは、早く職員室に戻りたいがために、いささか苛立っているように見受けられた。一刻も早く受け渡しを完了しなければという焦りから、慎也が集めたプリントは不揃いだった。それを見たTは小さく舌打ちをし、吐き捨てるように言った。
「不器用なやつやなぁ。プリントもよう集めんのか」
 慎也はこの発言に対して、強い眼差しで発言者の顔を見返す、という態度を示した。強い眼差しといっても、睨むというよりは、不快感を控えめに表明してみせた、といった程度に過ぎない。
 次の瞬間、予想もしていなかった事態が慎也を襲った。Tが彼の髪の毛を鷲掴みし、頭を自らの腰ほどの高さまで下げさせた上で、強く揺さぶったのだ。
「自分の失敗を他人のせいにするな! 何を勘違いしとるんだ!」
 言葉の終わりと共に手が離れる。Tはプリントを慎也の両腕から奪い取ると、教室を大股で歩いて出て行った。Tの剣幕に恐れをなして沈黙していたクラスメイトたちが、息を吹き返したように一斉に喋り始めた。呆然とその場に立ち尽くす慎也に、言葉をかける児童は一人も現れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...