緘黙記

阿波野治

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中学一年生

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 中学校の入学式当日、案内がいささか不親切だったため、慎也は一年生校舎に辿り着けず、二年生校舎内を彷徨した。遅まきながら誤りを悟り、校舎を去ろうとした矢先、二人組の男子生徒と擦れ違った。どうやら二年生らしい。慎也を目に留めた二人は、短く笑って顔を見合わせ、一言二言言葉を交わした。内容は聴き取れなかったが、表情から察するに、慎也を小馬鹿にしたらしかった。
 客観的に見れば、二年生に笑われた一件は、苦笑をもって即日、なおかつ永遠に忘れ去るべき些事なのだろう。しかし、内向的であるが故に疑い深く、悲観的になりがちな慎也はこう考えた。あの出来事は、僕の中学校生活が苦難と屈辱に満ちたものになるという暗示だったのではないか、と。
 慎也が通う中学校には、慎也が通っていた小学校の児童と、隣接する校区の小学校の児童とが在籍した。深見慎也は人前で一言も喋らない人間だ。その事実を把握していない者たちと学校生活を共にしなければならない現実は、彼を大いに不安にさせた。彼としては、深見慎也という人間の特殊性を把握していない者に対して、把握している者が、それについて適切に解説してくれることを望んだ。
 しかし、期待は儚くも裏切られた。把握している者のうち、小学生時代に慎也をからかっていた生徒は、からかうのに打ってつけの人材、恰好のストレスの捌け口として彼を彼らに紹介したし、からかわなかった生徒も、説明の言葉に悪意を混入させなかった代わりに、初めて彼に接する者に誤解を抱かせないための一言を添える配慮を怠った。
 隣の校区の小学校出身の生徒の中には、並外れて乱暴な言動を見せる者が何人かいて、慎也は時折、彼らから被害を受けた。彼らに対抗するように、慎也と同じ小学校出身の一部の生徒たちの振る舞いは荒々しさを増し、慎也はその割を食った。彼のクラスの担任は、秩序を重んじ、場合によっては厳しい態度で生徒に臨むことも厭わない女性教師だったが、抑止力という点では力不足の感は否めなかった。彼が人生で初めて、純然たる仮病を使って学校を休んだのはこの年だ。
 もっともそれは、小学校高学年の冬に、風邪が全快していないと偽って一日余分に休んだ時と同様、長期に渡って登校しない事態には発展しなかった。味方は皆無かもしれないが、全員が敵ではないという救い。何を話しかけても反応に乏しい特異なクラスメイトに、加害者側が慣れ、飽きたことで、日が経つにつれて慎也に構わなくなっていったこと。中学生は中学校に行かなければならないという義務感と合わせて、その三点に助けられた格好だった。
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