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再び退学②
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五年前、人生で初めて不登校に陥った当時の日常が脳裏に甦った。不登校の責任は慎也にあると決めつけ、暴言を吐くことを厭わず、正当防衛を大義名分に過剰に相手を痛めつける。そのような人間と再び同じ屋根の下で暮らすなど、想像しただけで吐き気を催す。大学を辞めたとしても、働き始めたならば、京都で暮らし続ける許可が下りるかもしれない。同居するにしても、中学二年生の時のような態度は取らないかもしれない。そう考えたものの、とてもではないが、社会人としてやっていける気がしない。コミュニケーション能力に大きな問題を抱え、受け答えも満足にできない自分が、仕事をまともにこなせるはずがない。
大学に登校し、授業に出席する。結局、それが最も歩きやすい道らしい。
そうはいっても、その道を完歩できる能力は慎也にはない。少なくとも、彼自身はそう思い込んでいる。歩いてみなければ結果は分からない。父親ならば確実にそう言うだろう。しかし、彼にはそれが揺るぎない事実だとしか思えない。
どちらも嫌だ。大学へ行きたくないし、就職もしたくない。そう叫びたかったが、相手はあの父親だ。「甘えるな」の一言をもって斬り捨てられるのは目に見えている。叫んだところで何の意味もない。
後期日程の学費の納付期限が目前に迫り、両親が再び京都のアパートを訪れた。後期からはちゃんと大学へ行くから、学費を出してほしい。慎也は両親にそう伝えた。完全なる消去法による選択だった。僕に暴言を吐いたり暴力を振るったりする人間はいないのだから、一か月間はどうにか授業に出席できていたのだから、できなくはないはずだ。そう自らに言い聞かせた。彼としては、呻吟しながらも登校を継続することで、光明を見出したかった。後期の半年間さえ乗り切ることができたならば、後は何とかなる。そう信じたかった。
しかし悲しいかな、半年を乗り切るどころか、不登校状態を脱する第一歩さえ踏み出せない。昼食時に男子学生からかけられた言葉。英語の授業中に教科担任からかけられた言葉。自作の折れ線グラフについて口頭で説明した後に起きた、顔から火が出るような場面の連続。決起しようとした矢先、悪しき記憶の数々が次から次へと脳裏に甦り、たちまち気力が失われてしまう。
時間は飛ぶように流れ、季節は冬。深見一家が再び一堂に会する機会は、正月休み、慎也が実家に帰省した時に訪れた。
帰省初日、早めの夕食の最中、父親は観るべき番組がないことを理由にテレビの電源を切ると、単刀直入に告げた。
「学校へ行かない人間のために学費を払うわけにはいかない。働きもしない人間のために家賃を負担するわけにはいかない。大学に退学届を出して、アパートを引き払って戻ってきなさい」
反論の言葉もなかった。
高校の時と同じく、退学の手続きには母親が付き添った。一時間も経てばすっかり忘れてしまうような、学科主任からの惜別の言葉を手土産に、慎也は京都の芸術大学を去った。
高速バスに乗車するのに先立って、腹ごしらえのため、二人は駅ビル内のラーメン店に立ち寄った。正午を回ったばかりという時間帯で、料金は他のラーメン店よりも安いにもかかわらず、客は酷く少なかった。短い待ち時間を経て運ばれてきた豚骨ラーメンは、驚くほど薄味で、スープがぬるかった。美味しくないラーメンを食べたことは何回もあるが、スープが温かくないラーメンを食べたのは初めてだった。明らかに異常だったが、母子は異常性に一切言及することなく、麺をすする作業に専念した。
大学に登校し、授業に出席する。結局、それが最も歩きやすい道らしい。
そうはいっても、その道を完歩できる能力は慎也にはない。少なくとも、彼自身はそう思い込んでいる。歩いてみなければ結果は分からない。父親ならば確実にそう言うだろう。しかし、彼にはそれが揺るぎない事実だとしか思えない。
どちらも嫌だ。大学へ行きたくないし、就職もしたくない。そう叫びたかったが、相手はあの父親だ。「甘えるな」の一言をもって斬り捨てられるのは目に見えている。叫んだところで何の意味もない。
後期日程の学費の納付期限が目前に迫り、両親が再び京都のアパートを訪れた。後期からはちゃんと大学へ行くから、学費を出してほしい。慎也は両親にそう伝えた。完全なる消去法による選択だった。僕に暴言を吐いたり暴力を振るったりする人間はいないのだから、一か月間はどうにか授業に出席できていたのだから、できなくはないはずだ。そう自らに言い聞かせた。彼としては、呻吟しながらも登校を継続することで、光明を見出したかった。後期の半年間さえ乗り切ることができたならば、後は何とかなる。そう信じたかった。
しかし悲しいかな、半年を乗り切るどころか、不登校状態を脱する第一歩さえ踏み出せない。昼食時に男子学生からかけられた言葉。英語の授業中に教科担任からかけられた言葉。自作の折れ線グラフについて口頭で説明した後に起きた、顔から火が出るような場面の連続。決起しようとした矢先、悪しき記憶の数々が次から次へと脳裏に甦り、たちまち気力が失われてしまう。
時間は飛ぶように流れ、季節は冬。深見一家が再び一堂に会する機会は、正月休み、慎也が実家に帰省した時に訪れた。
帰省初日、早めの夕食の最中、父親は観るべき番組がないことを理由にテレビの電源を切ると、単刀直入に告げた。
「学校へ行かない人間のために学費を払うわけにはいかない。働きもしない人間のために家賃を負担するわけにはいかない。大学に退学届を出して、アパートを引き払って戻ってきなさい」
反論の言葉もなかった。
高校の時と同じく、退学の手続きには母親が付き添った。一時間も経てばすっかり忘れてしまうような、学科主任からの惜別の言葉を手土産に、慎也は京都の芸術大学を去った。
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