僕は君を殺さない

阿波野治

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「それが遠藤くんの答え?」
「うん。なにを話すかは事前に考えていたんだけど、途中でちょっと散漫になってしまったかもしれないね。分かりにくかったら、ごめん。要約すれば、夏休みは僕と一緒に遊ぼう、楽しい思い出をたくさん作って、自殺したがっていた過去の自分を忘れるくらい楽しい夏にしよう、ということになるのかな。……これ、先に言っておくべきだったね」

 苦笑が漏れる。それは、己の考えを詳らかにすることで浮き彫りになった、醜いエゴイズムに対するものでもあった。

 一昨日の下校時の思いがけない九条さんとの交流で、僕は彼女に特別な感情を抱いた。必然に芽生えた、一緒に過ごす時間を持ちたいという欲求。それを叶えるために、『君は私を殺すよ』という発言を己の都合のいいように解釈して、夏休みに二人で遊ぶ機会を作る方向に話を持って行った。

『要約すれば、夏休みは僕と一緒に遊ぼう、楽しい思い出をたくさん作って、自殺したがっていた過去の自分を忘れるくらい楽しい夏にしよう、ということになるのかな』

 最初からそう言えば済む話なのに、だらだらと説明の言葉を並べたところなど、醜いエゴイズムを隠したいという醜いエゴイズム、以外のなにものでもない。
 それも含めて、九条さんは僕の発言をどう捉えたのだろう?

「この場でどこに遊びに行くかまで決める必要がある、わけではないよね」
「え……?」
「私は全然平気だけど、炎天下でもあるわけだし。というわけで、連絡先」

 九条さんは鞄から携帯電話を取り出した。なんの変哲も飾り気もない、シンプルな白のスマートフォン。

「どこをどうすれば、IDが分かるのかな。無料通信アプリ、一応インストールはしているんだけど、使わないから」
「僕が教えるよ」
 然るべき指示を与えて、連絡先の交換を速やかに完了した。

「言っておくけど、私、文字を打つのは凄く遅いよ。やりとりはかなりスローになると思う」
「いいよ、そんなの。全然構わない。僕だって早くないし、今日明日中に決めなければいけないことでもないし」
 スマホをスクールバッグに仕舞う九条さんの口元は、心なしか少し緩んでいる。

「じゃあね」
 九条さんは去っていき、曲がり角に消える。金縛りが解け、いつの間にか元の世界に戻っている。

 あまりの呆気なさに、ただ立ち尽くす。こんなにも簡単に、提案が聞き入れられるなんて。こんなにも簡単に、エゴではないと判断されるなんて。
 あるいは、エゴだと看破した上で、寛大に許容してくれたのかもしれない。重箱の隅をつつくように難癖をつけるのではなく、超然たる態度で鷹揚に是認する。これまでの交流での印象から考えれば、むしろそちらの方が九条翡翠らしい振る舞いだ。

 魔法が解けた途端、汗が思い出したように滂沱と流れ始めた。肌を滑る感触がくすぐったく、鬱陶しい。しかし、悪い気分ではない。何度も何度も、滴り落ちるものを手の甲で拭う僕の顔は、夏空のように晴れやかな笑みに包まれているはずだ。
 行く手に光が射している。九条さんと共に過ごす時間が待っている。不愛想に頬杖をついてそっぽを向いている彼女ではなく、それよりもずっと本当の彼女に近い彼女と、共に過ごす時間が。

 高鳴りは当分やみそうにない。
 僕は九条さんではないから、予知能力じみた能力を使うことはできない。それでも、自分自身の未来に関して、これだけは力強く断言できる。
 今年の夏は、僕史上最高の夏になる。
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