僕は君を殺さない

阿波野治

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 分かりにくい場所にあるわけではない。道順は事前に何度も確認した。迷うはずはないと信じていたが、それでも店を見つけたときはほっとした。
 ログハウス風の、それほど大きくない建物だ。入り口にポップな立て看板が設置されている以外には、目を惹く特徴はない。

 店内は清潔感があって広々としている。テーブルとテーブルの間隔が広めにとられていて、内装からは落ち着きが感じられる。客はカップルらしき男女のペアが大半を占めていて、なんとなく緊張してしまうが、僕にだって九条さんがいる。話をしたり食事をしたりするうちに慣れてくるはずだ。

 案内されたのは、窓際の二人掛けのテーブル。一冊のメニューを上下から覗き込み、注文する料理を絞っていく。
 前日に事前調査を終えた段階で、看板メニューだという、デミグラスソースがかかったオムライスを食べようと僕は決めていた。形だけ迷っているふりをして、真向いの九条さんをさり気なく観察する。熱心にというふうにでもないが、ラインナップにじっくりと目を通している。

「じゃあ、私も遠藤くんと同じものを」
 やがて九条さんは、おもむろにこちらを向いてそう告げた。思わず笑みを漏らすと、すかさずといった感じで、

「シェアをするつもりだったから、違うものを頼んでほしかった? だったら、遠藤くんが変更して」
「いや、そのつもりはないよ。僕と同じものをって言うんじゃないかって、なんとなく予想していたから、当たったのが嬉しくて。九条さんが予知を的中させたときはこんな気持ちなのかな、なんて思ったよ」
「シェアという行為は、群れるのが生き甲斐の人間がするものだから、遠藤くんにはそもそも当てはまらないということね」
「刺がある言い方だなぁ」
「群れたがる人たちに対して? それとも、遠藤くんに対して?」
「両方だよ」

 ベルを鳴らして店員を呼び、同じ料理を二人分注文する。僕はシェアの話題を手放さない。

「でも、そういうのって楽しいと思うけどね。いろんな料理を味わいたいからというよりも、シェアという行為によってコミュニケーションをとるのが楽しいっていうか」
「シェアとは無縁なのに、よさを理解しているんだね」
「すっかり友達がいないキャラとして定着してるんだね、九条さんの中では」
「定着もなにも、事実だから」
「それは認めるよ。僕は空気だからね。誰からも相手にされないし、こちらからも求めない。でも、九条さんは例外だね。帰り道に話しかけてくれたおかげで、この前は二人で河原まで遊びに行ったし、今こうして同じテーブルに着いている」

 出会ったときのことに触れたのだ。なにかしらのリアクションがあるはずだと思ったが、無反応。全くもって九条さんらしい。

「他に声をかけてくれたのは、高校に入ってからでいえば、井内さんくらいかな。クラス委員長の。でもあの人は、僕個人がどうこうっていうよりも、誰にでも分け隔てなくだからね。だから、実質的には九条さんだけだよ。僕を人間らしく扱ってくれるのは」

 しゃべりながら、学校の話題を出したのはまずかっただろうか、と少し不安になる。周りからは奇異な目で見られ、高木さんからは一時期毎日のようにきつい言葉を浴びせられていた。井内さんが純然たる善意から話しかけてくれているのだって、話しかけられる方は迷惑なだけかもしれない。九条さんにとって学校は、決して心地よい空間ではないはずだ。
 しかし彼女は、学校やクラスメイトのことなど全く無視して、僕をはっとさせる言葉を口にした。

「井内さんが小さな異常性を抱えた普通の人なのだとしたら、遠藤くんは一見普通に見える異常な人なんだと思う。遠藤くんは自分のことを、異常なところもある平凡な人間だと思っているみたいだけど」

 九条さんの発言が終わったのを見計らったようなタイミングで、注文した料理が僕たちのテーブルに到着した。
 彼女が僕に伝えたいことは分かった気もするし、分からない気もする。いずれにせよ、言葉の続きを口にする意思はないようだ。食べるのに専念するべきだろう。

 オムライスは思っていた以上にボリュームがある。SNS映えしそうだが、孤独を愛する僕たちは、食べ物の写真をわざわざ撮影する文化を持たない。さっそく口に運ぶ。

「あっ、美味しい」

 卵はこれ以上はないのではと思うくらいの、ふわふわな食感。タマネギはシャキシャキ感が強くて、サイコロ状にカットされた鶏肉はジューシーで、ケチャップは味わいに深みがある。語彙と表現力が足りないのがもどかしいが、開き直って率直な感想を述べるならば、とにかく美味しい、この一言に尽きる。一口食べただけでクオリティの高さを実感できたし、最後の一匙まで美味しく食べられそうだ。

「九条さんはどう? 口に合う?」
 九条さんは口の中を空にしてから、たった一言、
「美味しい」
 例によって声に感情はこもっていない。しかし、スプーンの動かし方に控えめながらも積極性が感じられるので、偽らざる本音なのだと分かる。

 美味しい店をリサーチをするのは大変だったし、料理が口に合うか不安でならなかった。九条さんが美味しいと言ってくれて、全てが報われた気がした。喜んでもらえて、本当によかった。
 僕はきっと、オムライスの一口目を食べたときよりも、明るい表情を浮かべていたに違いない。
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