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「……綾」
須田の両足が森さんの目の前で止まる。
「それ、ンジャメナリプニツカヤだよね」
見下ろしながら追及するその声は、張りつめている。能面のように表情が消えている。
見上げる森さんは、固まっている。体もそうだし、角度の問題からはっきりとは視認できないが、恐らくは表情も。
「それ、綾のもの? 綾の持ち物だよね?」
須田はなにか言いかけて、いったんその言葉を飲み込んだ。そして叫んだ。
「綾、あんた、隠れンジャメナリプニツカヤオタクだったわけ? うっわ、マジで? 最悪……!」
須田の友人たちが続々と二人のもとにやって来る。須田は目を剥き、友人たちの顔を素早く見回した。そして、床に落ちたものを指差し、
「ちょっとみんな、これ見て! ンジャメナリプニツカヤ! こいつ、あたしたちに隠れて、こんなものを持ってきてるんだよ。あたしがンジャメナリプニツカヤが嫌いなことを知ってるくせに。信じられない!」
ヒステリックに喚く須田とは対照的に、友人一同は困惑しきっている。須田が怒りを露わにさえしていなければ、同じ感情を共有する者同士、顔を見合わせたかったに違いない。平凡で平和な休み時間のひとときを送っていたはずが、予想外の方向に事態が展開し、その急激さに適応できていないゆえの困惑。ンジャメナリプニツカヤがは蔑むべきものという価値観を共有していた仲間の一人が、そのンジャメナリプニツカヤを所有し、学校に持ち込んでいたという、意外性に対する困惑。どちらもあるようだ。
しかし彼女たちは、比較的早期に自らが進むべき道を見出した。ひとえに、須田亜里沙という強力な指導者がいたおかげで。すなわち、
「綾、なんでこんなもの持ってきてるの? 信じられない」
「今まで自分を偽って、私たちに話を合わせていたってこと? それって、裏切り以外のなにものでもないよね」
須田に同調し、森さんを非難し始めたのだ。
スタート直後こそ戸惑いの感情が観測できたが、彼女たちが状況に適応するのは早かった。グループのリーダーの従順な下僕となって、ほんの二・三分前までは紛れもなく揺るぎなく仲間だった一人の女子生徒を、ひたすら攻撃し、攻撃し、攻撃する。
ああ、同じだ、と思う。
三馬鹿を責め苛んでいるときの彼女たちと、全く同じだ。
このような状況に追いやられても、森さんに打つ手がないわけではない。なんらかの特殊な事情が起きて、やむを得ずンジャメナリプニツカヤを学校まで持参しただけであって、自分自身はンジャメナリプニツカヤなんて好きではない、と主張することがそうだ。相手は公然たるンジャメナリプニツカヤファンである三馬鹿でもいいし、なんなら僕でもいい。クラスメイトの誰かになんらかの弱みを握られ、ンジャメナリプニツカヤの譲渡と引き換えに脅迫から逃れようとした。そんなストーリーを咄嗟に作り上げ、説明すれば、誤解を解けたかもしれない。
しかし森さんは、顔を俯けて体をフリーズさせ、非難の雨あられをその体に浴びるばかり。表情や眼差しで、あるいは言葉で、数分前までは仲間だった者たちに抗議することはない。
休み時間の終わりとともに罵倒はやんだ。森さんは漸くンジャメナリプニツカヤを鞄に仕舞い、須田を含む一同は自分の席へと戻る。彼女たちは一見素直に見えるが、授業中は自席に着いて教師の話を聞くという、定められたルールに表面的に従ったに過ぎない。彼女たちは授業中も、席が近い者同士で顔を寄せ合い、森さんが対象と思われるひそひそ話を頻繁にした。そして休み時間が来ると、さも当然のように森さんの机を包囲し、先ほどの続きを実行した。
放課後を迎えるまで、森さんは一貫して、須田たちの唯一の被害者であり続けた。
須田の両足が森さんの目の前で止まる。
「それ、ンジャメナリプニツカヤだよね」
見下ろしながら追及するその声は、張りつめている。能面のように表情が消えている。
見上げる森さんは、固まっている。体もそうだし、角度の問題からはっきりとは視認できないが、恐らくは表情も。
「それ、綾のもの? 綾の持ち物だよね?」
須田はなにか言いかけて、いったんその言葉を飲み込んだ。そして叫んだ。
「綾、あんた、隠れンジャメナリプニツカヤオタクだったわけ? うっわ、マジで? 最悪……!」
須田の友人たちが続々と二人のもとにやって来る。須田は目を剥き、友人たちの顔を素早く見回した。そして、床に落ちたものを指差し、
「ちょっとみんな、これ見て! ンジャメナリプニツカヤ! こいつ、あたしたちに隠れて、こんなものを持ってきてるんだよ。あたしがンジャメナリプニツカヤが嫌いなことを知ってるくせに。信じられない!」
ヒステリックに喚く須田とは対照的に、友人一同は困惑しきっている。須田が怒りを露わにさえしていなければ、同じ感情を共有する者同士、顔を見合わせたかったに違いない。平凡で平和な休み時間のひとときを送っていたはずが、予想外の方向に事態が展開し、その急激さに適応できていないゆえの困惑。ンジャメナリプニツカヤがは蔑むべきものという価値観を共有していた仲間の一人が、そのンジャメナリプニツカヤを所有し、学校に持ち込んでいたという、意外性に対する困惑。どちらもあるようだ。
しかし彼女たちは、比較的早期に自らが進むべき道を見出した。ひとえに、須田亜里沙という強力な指導者がいたおかげで。すなわち、
「綾、なんでこんなもの持ってきてるの? 信じられない」
「今まで自分を偽って、私たちに話を合わせていたってこと? それって、裏切り以外のなにものでもないよね」
須田に同調し、森さんを非難し始めたのだ。
スタート直後こそ戸惑いの感情が観測できたが、彼女たちが状況に適応するのは早かった。グループのリーダーの従順な下僕となって、ほんの二・三分前までは紛れもなく揺るぎなく仲間だった一人の女子生徒を、ひたすら攻撃し、攻撃し、攻撃する。
ああ、同じだ、と思う。
三馬鹿を責め苛んでいるときの彼女たちと、全く同じだ。
このような状況に追いやられても、森さんに打つ手がないわけではない。なんらかの特殊な事情が起きて、やむを得ずンジャメナリプニツカヤを学校まで持参しただけであって、自分自身はンジャメナリプニツカヤなんて好きではない、と主張することがそうだ。相手は公然たるンジャメナリプニツカヤファンである三馬鹿でもいいし、なんなら僕でもいい。クラスメイトの誰かになんらかの弱みを握られ、ンジャメナリプニツカヤの譲渡と引き換えに脅迫から逃れようとした。そんなストーリーを咄嗟に作り上げ、説明すれば、誤解を解けたかもしれない。
しかし森さんは、顔を俯けて体をフリーズさせ、非難の雨あられをその体に浴びるばかり。表情や眼差しで、あるいは言葉で、数分前までは仲間だった者たちに抗議することはない。
休み時間の終わりとともに罵倒はやんだ。森さんは漸くンジャメナリプニツカヤを鞄に仕舞い、須田を含む一同は自分の席へと戻る。彼女たちは一見素直に見えるが、授業中は自席に着いて教師の話を聞くという、定められたルールに表面的に従ったに過ぎない。彼女たちは授業中も、席が近い者同士で顔を寄せ合い、森さんが対象と思われるひそひそ話を頻繁にした。そして休み時間が来ると、さも当然のように森さんの机を包囲し、先ほどの続きを実行した。
放課後を迎えるまで、森さんは一貫して、須田たちの唯一の被害者であり続けた。
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