4 / 20
少女と針 二
しおりを挟む
少女はチョコレート菓子が陳列されている棚に相対していたんだけど、妙に真剣に商品を見つめているんだ。遠くて商品名までは分からないけど、ちょうど真正面の顔の高さにある商品を、じっと。ショーウィンドウに飾られたクラリネットを見る子どものように目を輝かせるんじゃなくて、冷めた無表情で。
俺は思ったね。あっ、こいつやるな、って。
なにをやるのかって? もちろん万引きだよ。俺自身はやったことはないし、連れに常習犯がいたわけでも、犯行を目撃した経験があるわけでもないけど、なんとなく分かったんだよな。あ、こいつは万引きするつもりだなって。
おもむろに少女が始動した。
左手で商品の袋を押さえて、遅れて右手をゆっくりと袋に近づける。なにか光った。反射的に食い入るようにそれを見つめて、正体が分かった。
針。
少女は針を手にしているんだ。買う予定の袋に入ったものじゃなくて、剥き出しの一本の針を。
その針が、俺の視線の先で、袋に突き刺さった。
「ああ、いくぅ――」
機械音声じみた無感情な声。少女の口から出た声だ。
「いく、いく、いく――」
声に合わせて、針が徐々に埋もれていく。見えている銀色がじわじわと短くなっていく。
「いくっ、いくっ、いくぅ――」
早くも持てる部分がなくなってきた。少女はいったん針から手を離し、掌を使ってぐっと押し込み、
「いっくぅ……!」
フィニッシュ。
ゆっくりと両手が離れる。問題のチョコレート菓子の袋は、一見他のそれと変わらない姿で、陳列棚の最前列におさまっている。
棚から一つ商品を抜き取って、歩行者信号は青なのに車が来ていないかを惰性で確かめるみたいに、右を向いて、左を向いて、また右を向いてからポケットに忍ばせるんでしょ、どうせ。
そう高をくくって、高みの見物と決め込んでいた俺は、予想外の展開に狼狽えた。そのせいで、商品棚の陰に隠れられず、こちらを向いた少女とばっちり目が合った。
犯行の目撃者の存在を認知しても、少女の無表情には漣すら立たない。考えが読めない顔で俺をじっと見つめる。
俺は少女から目を離すことができず、見つめ合う形になる。近くを通りかかる客はいなかったから、不審な目で見られるとかはなかったけど、鳥瞰すれば異様な雰囲気だっただろうね。
金縛りに見舞われた俺を尻目に、少女は針を刺した商品を棚から無造作に掴み取り、こちらへと歩み寄ってきた。
プレッシャーを感じた。それでいて逃げようとしなかったのは、彼女から殺意や敵意が感じられなかったからだ。たしかに緊張はしたけど、なんでなんだろうね、危害を加えられる危険性はまったく感じないんだよ。
俺は思ったね。あっ、こいつやるな、って。
なにをやるのかって? もちろん万引きだよ。俺自身はやったことはないし、連れに常習犯がいたわけでも、犯行を目撃した経験があるわけでもないけど、なんとなく分かったんだよな。あ、こいつは万引きするつもりだなって。
おもむろに少女が始動した。
左手で商品の袋を押さえて、遅れて右手をゆっくりと袋に近づける。なにか光った。反射的に食い入るようにそれを見つめて、正体が分かった。
針。
少女は針を手にしているんだ。買う予定の袋に入ったものじゃなくて、剥き出しの一本の針を。
その針が、俺の視線の先で、袋に突き刺さった。
「ああ、いくぅ――」
機械音声じみた無感情な声。少女の口から出た声だ。
「いく、いく、いく――」
声に合わせて、針が徐々に埋もれていく。見えている銀色がじわじわと短くなっていく。
「いくっ、いくっ、いくぅ――」
早くも持てる部分がなくなってきた。少女はいったん針から手を離し、掌を使ってぐっと押し込み、
「いっくぅ……!」
フィニッシュ。
ゆっくりと両手が離れる。問題のチョコレート菓子の袋は、一見他のそれと変わらない姿で、陳列棚の最前列におさまっている。
棚から一つ商品を抜き取って、歩行者信号は青なのに車が来ていないかを惰性で確かめるみたいに、右を向いて、左を向いて、また右を向いてからポケットに忍ばせるんでしょ、どうせ。
そう高をくくって、高みの見物と決め込んでいた俺は、予想外の展開に狼狽えた。そのせいで、商品棚の陰に隠れられず、こちらを向いた少女とばっちり目が合った。
犯行の目撃者の存在を認知しても、少女の無表情には漣すら立たない。考えが読めない顔で俺をじっと見つめる。
俺は少女から目を離すことができず、見つめ合う形になる。近くを通りかかる客はいなかったから、不審な目で見られるとかはなかったけど、鳥瞰すれば異様な雰囲気だっただろうね。
金縛りに見舞われた俺を尻目に、少女は針を刺した商品を棚から無造作に掴み取り、こちらへと歩み寄ってきた。
プレッシャーを感じた。それでいて逃げようとしなかったのは、彼女から殺意や敵意が感じられなかったからだ。たしかに緊張はしたけど、なんでなんだろうね、危害を加えられる危険性はまったく感じないんだよ。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる