不都合な幻覚

阿波野治

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少女と針 二

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 少女はチョコレート菓子が陳列されている棚に相対していたんだけど、妙に真剣に商品を見つめているんだ。遠くて商品名までは分からないけど、ちょうど真正面の顔の高さにある商品を、じっと。ショーウィンドウに飾られたクラリネットを見る子どものように目を輝かせるんじゃなくて、冷めた無表情で。
 俺は思ったね。あっ、こいつやるな、って。
 なにをやるのかって? もちろん万引きだよ。俺自身はやったことはないし、連れに常習犯がいたわけでも、犯行を目撃した経験があるわけでもないけど、なんとなく分かったんだよな。あ、こいつは万引きするつもりだなって。

 おもむろに少女が始動した。
 左手で商品の袋を押さえて、遅れて右手をゆっくりと袋に近づける。なにか光った。反射的に食い入るようにそれを見つめて、正体が分かった。
 針。
 少女は針を手にしているんだ。買う予定の袋に入ったものじゃなくて、剥き出しの一本の針を。
 その針が、俺の視線の先で、袋に突き刺さった。

「ああ、いくぅ――」
 機械音声じみた無感情な声。少女の口から出た声だ。
「いく、いく、いく――」
 声に合わせて、針が徐々に埋もれていく。見えている銀色がじわじわと短くなっていく。
「いくっ、いくっ、いくぅ――」
 早くも持てる部分がなくなってきた。少女はいったん針から手を離し、掌を使ってぐっと押し込み、
「いっくぅ……!」
 フィニッシュ。

 ゆっくりと両手が離れる。問題のチョコレート菓子の袋は、一見他のそれと変わらない姿で、陳列棚の最前列におさまっている。
 棚から一つ商品を抜き取って、歩行者信号は青なのに車が来ていないかを惰性で確かめるみたいに、右を向いて、左を向いて、また右を向いてからポケットに忍ばせるんでしょ、どうせ。
 そう高をくくって、高みの見物と決め込んでいた俺は、予想外の展開に狼狽えた。そのせいで、商品棚の陰に隠れられず、こちらを向いた少女とばっちり目が合った。

 犯行の目撃者の存在を認知しても、少女の無表情には漣すら立たない。考えが読めない顔で俺をじっと見つめる。
 俺は少女から目を離すことができず、見つめ合う形になる。近くを通りかかる客はいなかったから、不審な目で見られるとかはなかったけど、鳥瞰すれば異様な雰囲気だっただろうね。

 金縛りに見舞われた俺を尻目に、少女は針を刺した商品を棚から無造作に掴み取り、こちらへと歩み寄ってきた。
 プレッシャーを感じた。それでいて逃げようとしなかったのは、彼女から殺意や敵意が感じられなかったからだ。たしかに緊張はしたけど、なんでなんだろうね、危害を加えられる危険性はまったく感じないんだよ。
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