嘘つきと口なし

阿波野治

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三日目の日記 不登校について③

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 僕は中学生の三年間、からかいや冷やかしの言葉をさんざん浴びた。助けも期待できない中で晒され続けてきて、それでも学校に通い続けてきた。慣れること、平気になることはなかったけど、ある程度の耐性はついていた。
 その僕があんなにもショックを受けたのだから、よほど酷いことを言われたのだろう。からかいとか冷やかしとか、そんな生半可なレベルではなかったのだろう。

 僕はSをリーダーとするグループが巻き起こす暴力と暴言の嵐に晒された。暴力は、最初の暴言があってから間をほとんど置かずに発生していた。二つの行為のあいだにラインが引かれていたようには、彼らの言動からは読み取れなかった。

 暴言や暴力は切り口もやり口も多種多様だ。足を引っかけて転ばせる。大人数で取り囲み、ボール回しでもするように肩を小突き回す。机に出していた教科書類を手で薙ぎ払って床に落とし、さらには蹴散らす。上履きを隠す。体の小ささを、運動神経の悪さを、そしてしゃべらないことを揶揄する。授業中、教師の前でも平気に悪口を吐き散らし、大声で嘲笑う。ごみを投げつける。「しゃべってみろ」と要求する――もうこのくらいにしておこう。

 打ち切ったのは、悪しき思い出を紙に刻むという行為に嫌気が差したからでもあるけど、最後に挙げたそれは僕にとって深い意味を持ついじめだからでもある。
「しゃべれるのならしゃべってみて」――幼稚園や小学校低学年中学年の無邪気な質問も含めれば、嫌というほどくり返され、聞かされてきた言い回しだ。

 そのすべての機会で、僕は彼らの期待に応えられなかった。つまり、しゃべれなかった。まだ場面緘黙症が重度ではなく、時と場合と相手と求められる言葉によっては、学校という場でもなんとかしゃべることができていた時代でも、その問いかけに対してだけは応えることができなかった。俯きがちに押し黙って、質問者が諦めてくれるのをひたすら待つだけ。唇を薄く開いて蠢かせてみせるといった、しゃべり出そうという姿勢を見せることさえも。

 派生として、「『あ』でいいから言ってみてよ」というのもあったけど、それも同じく無理だった。文字どおり、一言も口にできなかった。「あ」も「い」も「う」も「え」も「お」も。
 心に覚える圧迫感でいえば、むしろ「『あ』って言って」のほうが強かった。懇願されても、逆に脅すような言いかたをされても、言葉が出てこない。冗談でもなんでもなく、「あ」の一言が僕は言えなかった。
 しゃべったところを見たことがないから「あ」と言えだなんて、そんな要求は侮辱的だから、屈辱的だから、従いたくなくてあえて黙ったのではない。言いたくても言えないのだ。できることなら、彼らの望みをさっさと叶えてさっさと苦難から解放されたいのに、そのための手を打てない。喉と呼ばれている領域になにかが隙間なく詰め込まれ、さらには鍵までかけられたかのような感覚に襲われ、発声がそもそも不可能になってしまう。
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