嘘つきと口なし

阿波野治

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三日目の日記 不登校について⑦

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 自転車の上に仰向けに倒れたまま、僕は胸を撫で下ろした。思っていたよりも早く解放されたからだ。Sならば、起き上がろうとした僕を突き飛ばし、再び起き上がろうとしたところをまた突き倒す、徒労と悟って動かなくなったら自転車もろとも蹴る、くらいのムーブを見せたとしてもおかしくない。
 不幸な事態を避けられたことに感謝しつつ、自転車の前にまずは自分の体を起こしたところで、僕は息を呑んだ。駐輪場にいる他の生徒たちが、迷惑そうな顔で僕を見ていることに気がついたからだ。
 絡まれた当初と比べると、明らかに数が増えている。Sたちが去ってからやって来た生徒が惨状を見て、唯一現場に残っていた僕を加害者だと思い込み、自分の自転車が被害に遭っているか・いないかにかかわらず迷惑だと感じている、そんな状況だろうか。もちろん、騒動の一部始終を見ていた者もいたはずだけど、おそらくその中の多くが、僕が日常的にいじめを受けている人間だと認識しているのだろう。中には同情の眼差しもあったはずだけど、僕には全員の瞳が軽蔑の色に染まっているように感じられた。
 怒りよりも悲しみが湧いた。みんなの誤解を解きたかった。
 ただ、僕はその手段として言葉を使えない。しゃべれるけど、しゃべれない。
 不幸なのは、言葉以外の手段でみんなの誤解を解くのは難しいことだろう。僕にできることは、せいいっぱい誠実な態度を見せて、悪意から他人様の自転車を倒すような人間ではないとアピールすることくらいしかない。
 僕は自転車を起こしはじめた。なるべく早く元どおりにしたかったけど、体はてきぱきとは動いてくれない。僕が苦手とする、誰かから注目されながらの作業だからだ。
 今までさんざん経験したことだけど、もたもたと作業をするのは、やむにやまれぬ事情があったとしても、見る者にネガティブな感情を抱かせるものだ。僕が手足を動かせば動かすほど衆人環視の目は冷ややかになっていくようで、それがいっそう動作を鈍らせる。それが彼らの冷ややかな思いを高めさせる要因になるという悪循環。最後の一台を起こすまでのあいだに、僕は何回か舌打ちを聞いた。作業を完了させるや否や、現場から逃げるように走り去ったのは言うまでもない。
 僕は悪くない!
 しかし、そのことを説明できる力が僕にはない。場面緘黙症だから。しゃべりたくても、しゃべれないから。
 僕にとって他人を巻き込むのは、自分一人が被害に遭うよりも心に深く傷を負う被害の形だった。
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