僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 庭の雑草は一時間もあれば刈ってしまえそうだ。
 午後四時を回り、太陽の勢力が弱まってきた。両手に軍手をはめ、草刈り鎌を握って庭に出る。
 我が物顔ではびこる名もなき植物たちを、鎌を振るって刈るだけの単純作業。悪い意味で静的な、変化に乏しい日々を過ごしている身としては、楽しくはないが新鮮だと感じる。 

 ただ、ポジティブな気持ちは長続きしない。やることが単調だし、すぐに疲れてくる。心身ともに健康でまっとうな生活を送っている人間には信じられないかもしれないが、どうしても必要なとき以外に部屋から出ない人間は、十分や十五分の単純労働で息が上がるものなのだ。
 作業は思ったよりも進まず、一時間ではとても片づけられそうにない。

 いらいらは募る一方だった。徹底抗戦を自らの意思で放擲するという判断が、今となっては恨めしい。高慢な父親を呪い、むやみに広い庭を呪い、切れ味の悪い安物の草刈り鎌までもを呪った。
 現在の惨めな状況を作り出した原因を偏執狂じみた徹底さで探し、脳内に羅列していく中で、そもそも高校を辞めていなければ、こんなつまらない家庭の用事を押しつけられることもなかったのに――という思いに流れ着いた。
 砂を噛むような日々が逆流した。

 最初こそ、攻撃的な気持ちで過去と相対していたが、心は次第に陰りはじめた。レイと新たな関係が始まった影響もあって、遠い過去のように感じていたが、高校を自主退学してからまだ一か月と少ししか経っていない。
 思い返せば思い返すほど、生々しい悲劇だった。まぎれもない暗黒時代だった。

 僕は囚人なのだ、と唐突に悟る。
 社会人として生きるための準備期間に過ぎない学校生活でさえまっとうできなかった罪をあがなうために、多少広いだけのつまらない庭で単純作業に従事する刑罰を科された、ちっぽけで哀れな囚人……。
 普通の道から外れてしまった、と思った。そして、高校に母親とともに退学届を出した日にも、同じ思いが胸に浮かんだことを鮮明に思い出した。

 懲役刑の刑期はいつになれば満了するのだろう。どうせ再犯するのに、監獄から出るために刑に服する必要はあるのだろうか。
 しかし、サボタージュしたところで、追加の罰が下されるだけだ。非人間的な看守に、胸が悪くなるような悪罵を嫌というほど浴びせられるだけだ。
 逃げ出せたとしても、きっと僕は長くは生きていけない。人とまともにしゃべれない僕のような人間が、口頭でのコミュニケーションを実質的に必須としているこの息苦しい社会で、生き抜いていけるはずがない。

 僕はこの世界に生まれてこなかったほうがよかったのでは?
 生まれてくるべきではなかった人間が今すぐにするべきことは、一つしかないのでは?
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