僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 週休四日が常態化して以来、僕はレイと過ごす時間を大切に使いたいという気持ちをより強めた。
 意識したのは、意識しすぎないこと。ようするに、念頭から雑念を排除し、未来の不透明さも、今現在の灰色も、過去の暗黒もきれいに忘れて、真夏の太陽の下で川遊びをする子どものように、全身全霊で彼女と過ごす時間を楽しむということだ。

 方針はおおむね守ることができたが、それでも、たまには愚痴を言いたくなることもある。
 レイと過ごす時間はいつもリラックスできるから、ついつい雰囲気に流されて甘えたくなる。精神的にきつい日々の中で、一時間半でもリラックスできる時間を確保できるのだから、それで満足するべきだ。そんな謙虚な気持ちを維持しきれないことも珍しくなかった。

「――こっちは我慢しているのに、父親はしつこく言ってくるわけ。堪忍袋の緒が切れて食ってかかったら、向こうは意地でも引かないから、絶対に口論になる。ほんとうに嫌になるよ」

 僕は苦笑を灯して長広舌を締めくくった。父親に対する憎悪を当たり障りのない表現形式に変換した結果の苦笑であり、話が長引いてしまったことに対する苦笑でもある。愚痴は極力言わない。言ってしまった場合は、なるべく短く終えるようにする。そう己に言い聞かせてはいるのだが。
 家族に対する不平不満を長々と垂れ流すという珍しい事態に、レイは看過できないものを感じたらしく、読んでいた漫画をぱたんと音を立てて閉じた。彼女が持参する漫画は古い名作が多いのだが、今日読んでいるのは僕が知らない新しい作品だ。

「厳しいよね、曽我の親御さんって。高卒認定試験のときもそうだけど、大切な試験を控えているのにプレッシャーかけまくるもんね。曽我も大変だ」
 同情の念がこもった苦笑いがレイの口元に浮かんだ。 

「受験勉強と親からのプレッシャーとで、今、曽我はストレスたまりまくりな状態なわけだね。今にも爆発しそうな」
「そうだね。思わず進藤さん相手に吐き出してしまうくらいには。迷惑をかけたくないし、貴重な時間を無駄にしたくないし、逃げているみたいな気もするから、こういうことはあまりしたくないんだけど」
「まあいいんじゃない、たまには。制限時間いっぱい愚痴を聞かされるのはさすがに嫌だけど、少しくらいなら」
「ありがとう。じゃあ、あともう少しだけ。
 この問題、父親が黙っていてくれさえすれば解決するんだよね。父親が諸悪の根源なんだよ。だから、どうにかして態度を変えさせたいんだけど、上手い方法が見つからなくて」
「お父さんも心配なんだろうね。あまり言いたくないけど――事実として曽我は、中学高校と合計三回、不登校になっちゃったわけだから」
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