わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
上 下
25 / 91

三日目 その2

しおりを挟む
 シャツの裾を引っ張られた。姫だ。
「上に上がらないの?」
「そうだね。そうしよう」

 石造りの階段を上がって元の高さに復帰する。噴水の前に簡易な木製ベンチを見つけ、並んで腰かける。

「ふんすいの水、出たりとまったりしてるけど、おなじじゅんばんでくり返しているの?」
「さあ、どうだろう。詳しい仕組みはちょっと分からないよ」
「きかいがぜんぶやってるんでしょ? ふんすい、すごいね」

 壁に書かれていた詩の、「機械の大将やって来た」という一節を思い出す。
 作者はなにを言わんとしているのだろう? 解読を試みようとしたが、残念ながらそれ以外のフレーズを失念してしまった。わざわざ確認しに戻る気にはなれず、頭の中から詩の問題を追放した。
 ランニングやジョギングやウォーキングに勤しむ人々が、時折目の前を通り過ぎるのみ。水が噴き上がる音が一番うるさいという環境の中、わたしたちは取り留めのない話をする。川への関心を失ってしまったらしい姫とは対照的に、わたしは頻繁に川を振り向いた。

 そうするうちに、そろそろ出発したほうがいい時間になった。その旨を姫に伝え、移動を開始する。
 トラックから見た川について訊くのを忘れていたことには、公園を出てから気がついた。
 もう、尋ねたいとは思わなかった。


* * *
 

 料金ちょうどの小銭を渡し、姫に券売機で二人ぶんの切符を買ってもらう。何事も経験、というやつだ。
 大人のわたしのぶんは、料金ボタンをそのまま押す。小児に該当する姫のぶんは、通常の料金ボタンを押す前に子ども料金のボタンを押す。初体験のぎこちなさはあったものの、間違えることなく二枚の切符を購入できた。自動改札機も問題なく通過できた。
 待つあいだに座るベンチの空きを探しているうちに、目的の電車がホームに到着した。乗りこんで車内を見回したが、ここでも空席が見当たらない。

「座るところはなさそうだね。二駅のあいだだし、立っていようか」
 わたしたちは車両のほぼ中央で足を止めた。姫には手すりを握るよう指示し、わたしは吊革に掴まる。
 目の前の座席には、二人の中年女性が座っている。顔の造作も服装もまるで違うが、なぜか似た者同士だという印象を受ける二人組だ。電車が動き出した。

 姫は窓外を眺めている。わたしも同じ方向に注目する。見覚えのある、田畑と住宅が混在する景色が右から左へと流れていく。流れる速度は次第に上昇し、片側二車線の市道の上を通過したのに前後して一定に保たれる。
しおりを挟む

処理中です...