わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
82 / 91

沢倉マツバ その3

しおりを挟む
「遊びに行って以来、ナツキさんと姫ちゃんの姿を全然見かけないから、心配になって様子を見に来たんです。丸二日も経っていないですけど、胸騒ぎがしたっていうか。体調が悪かったんですか?」
 病気が原因で寝こんでいるわけではないが、寝こんでいるのだから病気の一種なのだろう。そう判断し、うなずく。

「そうだったんですか。どこが悪いんですか? ていうか姫ちゃん、一人で平気なんですか?」
「姫は壊れた」
「えっ?」
「言葉どおりの意味」
 事情を理解してもらうためには、姫が事故に遭った経緯を説明しなければならない。精神的に厳しい作業になると予想されたが、マツバさんは誠実な人だ。きっと、いや絶対に、辛抱強く聞いてくれる。

「昨日、二人で遊園地へ行ったの。それで――」
 途切れ途切れながらも、ありのままを話した。マジケンを悪人として語るのは気が進まなかったが、理路整然とした虚偽のストーリーを創作する気力がなかったので、「マジケンに突き飛ばされたわたしの下敷きになって壊れた」と正直に伝えた。もちろん、手術に多額の費用がかかることも。

 語り終えると同時に体力の限界が訪れ、わたしはドアにもたれかかった。脳内原稿は一行も用意できていなかったので、説明には時間がかかった。マツバさんがわたしの中に光を灯してくれていなかったら、話の途中でその場にうずくまっていたかもしれない。

 マツバさんは絶句している。お金の問題が大きくのしかかっているのだ、と容易に想像がついた。
 表情を見た限り、マツバさんは痛いくらいに理解している。アルバイトをしながら学生生活を送っている身では、どんな離れ業を使ったとしても、百万円単位のお金を今日明日中には工面できないことを。工面できない以上、どんな慰めの言葉もわたしを救済し得ないことを。

 昨日と今日、わたしが浮かべたどんな表情よりも狂おしげなのではと思えるほどに激しく、マツバさんの端正な顔は歪んでいる。入念にメイクを施したとしても、ヘアスタイルに工夫を凝らしたとしても、ブランドものの服で着飾ったとしても、どう足掻いても誤魔化せない歪みかただ。
 逆に言えば、きちんと理解してくれている。大切な人を失うつらさを。助けたいのに助けてあげられない苦しさを。

 そういえば、引っ越しのことをマツバさんにはまだ伝えていない。
 姫の問題に母親との確執が絡んだことで、事態は複雑化している。説明するのが億劫だったのと、無関係のマツバさんを巻きこみたくないのとで、無意識に避けていたのかもしれない。

 そうか。マツバさんともお別れなのだ。
 そう思ったとたん、俯きがちに思い悩んでいる目の前の女性が、見た目と精神年齢を考慮すれば少女と呼んでも間違いではない女性が、たまらなく愛おしく感じられた。別れるのは嫌だ、と強く思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。 政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。 冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。 戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。 ※全編チャットGPTにて生成しています 加筆修正しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

処理中です...