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大学に行きたくない気持ちが復活していた。
なんとか己を奮い立たせて家を出たものの、通学路を歩いているだけで気が滅入ってきた。遠くに大学の建物が小さく見えてからは、軽い頭痛にさえ苛まれ始めた。
「今日はやめておこう。この体調だと、どうせ授業に集中できないだろうし」
いったんそう方針を決めてしまうと、大幅に気が楽になった。頭痛も完璧に治った。授業をサボる理由はなくなったが、だからといって大学へ向かえば、また頭が痛み始めるに決まっている。一輝は道を引き返した。
ちょうど下校時間と重なったらしく、通りには制服姿の学生の姿が目立つ。その中には、一輝が暮らすアパートの近くにある中学校の生徒もいる。
「あ……」
一輝は歩道のど真ん中で立ち止まる。
「大倉さん!」
そんな彼を目指して、スカートの裾を揺らしながら駆け寄ってくる者がいる。西崎瀬理だ。先に相手を見つけたのは一輝だが、声をかけようか迷っているうちに瀬理が彼に気がつき、先に行動を起こしたのだ。
「大倉さん、こんにちは。……あれ? こんばんは、のほうが適切でしょうか」
「微妙なところだね。ていうかそれと似たようなセリフ、この前うちに来たときも言ったよね。俺たちはどっちつかずの時間帯によく会うみたいだ」
「そうですね。偶然だと思いますけど」
「そうだね。純然たる偶然だ」
表向きはスムーズに言葉を交わせているが、一輝は内心ではそわそわしていた。予期していなかった出会いだからでもあるし、周りにたくさんの人間がいる状況だからでもある。
「そっか、西崎さんは学校が終わったところなんだね。中学生がたくさん帰っているなとは思っていたけど」
「大倉さんも大学が終わって帰っていたところですか」
「そうだよ。用事もないから、どこにも寄らずにさっさと帰ろうかなって。立ち話もなんだし、歩こうか」
「そうですね」
二人は同じ方向に向かって歩き出す。一輝はいつもより少しゆっくりした足の運びを心がけた。遠慮があるらしく、瀬理は彼の斜め後ろを歩く。
会話はない。気まずい空気が漂っているわけではないが、無言なのは不自然だ。一輝が懸命に話題を探していると、
「図々しいって自分でも分かっているから、なかなか言い出せなくて」
瀬理が口火を切った。隣を向くと、彼女も一輝のほうを向いたので、視線が重なった。瀬理は慌てたように顔を背け、語を継いだ。
「お皿を返すために、一度こちらから部屋に押しかけたので、もう一回押しかけるのは失礼だなって。だから、こうして偶然会えて、よかったです」
「俺にまた頼みごとがあるということ?」
「はい。……チャーハン、なんですけど」
瀬理は自分から一輝へと目を合わせ、言った。
「美味しかったので、また作ってほしいんです。図々しいお願いになってしまいますが、週に何回か、曜日を決めてご馳走してくださると嬉しいかな、なんて」
図々しいとは思わない。ただ、怪訝には思う。
料理が得意なわけでもない、特別な食材や調味料を使っているわけでもない、俺手製のチャーハンのどこに、くり返し食べたくなる要素があるというんだ?
「……だめ、でしょうか」
瀬理は上目づかいに確認をとってくる。一輝が黙り込んでしまったため、無言の時間に耐えられなくなったらしい。彼は慌てて頭を振り、
「だめじゃない。曜日、決めようか。俺が余裕あるのは――」
相談の結果、毎週水曜日と土曜日の夕方、瀬理が一輝の部屋まで来て、一輝がチャーハンを振る舞うことになった。
なんとか己を奮い立たせて家を出たものの、通学路を歩いているだけで気が滅入ってきた。遠くに大学の建物が小さく見えてからは、軽い頭痛にさえ苛まれ始めた。
「今日はやめておこう。この体調だと、どうせ授業に集中できないだろうし」
いったんそう方針を決めてしまうと、大幅に気が楽になった。頭痛も完璧に治った。授業をサボる理由はなくなったが、だからといって大学へ向かえば、また頭が痛み始めるに決まっている。一輝は道を引き返した。
ちょうど下校時間と重なったらしく、通りには制服姿の学生の姿が目立つ。その中には、一輝が暮らすアパートの近くにある中学校の生徒もいる。
「あ……」
一輝は歩道のど真ん中で立ち止まる。
「大倉さん!」
そんな彼を目指して、スカートの裾を揺らしながら駆け寄ってくる者がいる。西崎瀬理だ。先に相手を見つけたのは一輝だが、声をかけようか迷っているうちに瀬理が彼に気がつき、先に行動を起こしたのだ。
「大倉さん、こんにちは。……あれ? こんばんは、のほうが適切でしょうか」
「微妙なところだね。ていうかそれと似たようなセリフ、この前うちに来たときも言ったよね。俺たちはどっちつかずの時間帯によく会うみたいだ」
「そうですね。偶然だと思いますけど」
「そうだね。純然たる偶然だ」
表向きはスムーズに言葉を交わせているが、一輝は内心ではそわそわしていた。予期していなかった出会いだからでもあるし、周りにたくさんの人間がいる状況だからでもある。
「そっか、西崎さんは学校が終わったところなんだね。中学生がたくさん帰っているなとは思っていたけど」
「大倉さんも大学が終わって帰っていたところですか」
「そうだよ。用事もないから、どこにも寄らずにさっさと帰ろうかなって。立ち話もなんだし、歩こうか」
「そうですね」
二人は同じ方向に向かって歩き出す。一輝はいつもより少しゆっくりした足の運びを心がけた。遠慮があるらしく、瀬理は彼の斜め後ろを歩く。
会話はない。気まずい空気が漂っているわけではないが、無言なのは不自然だ。一輝が懸命に話題を探していると、
「図々しいって自分でも分かっているから、なかなか言い出せなくて」
瀬理が口火を切った。隣を向くと、彼女も一輝のほうを向いたので、視線が重なった。瀬理は慌てたように顔を背け、語を継いだ。
「お皿を返すために、一度こちらから部屋に押しかけたので、もう一回押しかけるのは失礼だなって。だから、こうして偶然会えて、よかったです」
「俺にまた頼みごとがあるということ?」
「はい。……チャーハン、なんですけど」
瀬理は自分から一輝へと目を合わせ、言った。
「美味しかったので、また作ってほしいんです。図々しいお願いになってしまいますが、週に何回か、曜日を決めてご馳走してくださると嬉しいかな、なんて」
図々しいとは思わない。ただ、怪訝には思う。
料理が得意なわけでもない、特別な食材や調味料を使っているわけでもない、俺手製のチャーハンのどこに、くり返し食べたくなる要素があるというんだ?
「……だめ、でしょうか」
瀬理は上目づかいに確認をとってくる。一輝が黙り込んでしまったため、無言の時間に耐えられなくなったらしい。彼は慌てて頭を振り、
「だめじゃない。曜日、決めようか。俺が余裕あるのは――」
相談の結果、毎週水曜日と土曜日の夕方、瀬理が一輝の部屋まで来て、一輝がチャーハンを振る舞うことになった。
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