すばらしい新世界

阿波野治

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秘密基地

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 さびれた団地の一画に、一軒の空き家が建っている。
 純和風の二階建て。屋根がブルーシートと重石で雑に補強されていて、築年数の長さと老朽化の進行は一目瞭然だ。丈高いブロック塀に囲繞された狭い敷地内は、多種多様な雑草の楽園と化している。厳重に閉ざされた玄関ドア近くに群生するセイタカアワダチソウは、イナの小さな体どころか大人の背丈を優に超え、ただひたすらに不気味だ。

 そのセイタカアワダチソウの前を、イナは少し足を速めて横切る。
 密生した雑草をかき分けながら、民家を左手に敷地を奥へ、奥へと進んでいくと、こぢんまりとした木製の小屋が建っている。床面積が四畳ほどの、ほぼ立方体の建物だ。物々しい南京錠が扉にとりつけられているが、赤茶色く錆びついていて機能しておらず、飾りでしかない。

 扉を開けると、狭い内部はイナが持ち込んだ物品でいっぱいだ。座布団の代わりにも枕の代わりにもなる、少しくたびれた純白のクッション。銀色のアナログ式置き時計。侵入者を撃退する用途を想定しているが、持ち込んで以来一度も使われたことがない、グリップに黒色のビニールテープが巻かれた木製バット。

 蜘蛛の巣だらけ、とにかく汚かった発見当時の衝撃を引きずって、食べ物は備蓄していない。ただし飲料は例外で、現在は二リットル入りペットボトルのミネラルウォーターが二本、小屋の隅に置いてある。最大で四本の貯えがあったが、夏場に消費が補充の速度を上回り、十月になったばかりの現在はこの本数に落ち着いている。喉が渇いているときはぬるい水でさえも美味だとイナが知ったのは、今年の夏だった。

 そのぬるい液体を、二リットルの重さに苦慮しつつ喉に流し込む。受け口から溢れた水が顎を伝い落ち、頸部を経ずにシャツの内側に落下し、胸を掠めて濡らした。ペットボトルを空にするかという勢いで飲んだが、実際は四分の一ほど減らしただけだ。蓋を閉め、手の甲で口角を拭って息をつく。

「……追ってこないんかい」

 心からそう願っているわけではない。むしろ、追いかけてきてほしくなかった。ただ、諦めの早さは気に食わない。思い通りの行動をとったにもかかわらず、実感としては、思い通りにならない事態に立て続けに見舞われているかのようだ。

 イナはクッションに頭をのせて横になる。空を漫然と眺めたい気分とはうらはらに、視界に映るのは薄汚れた木の天井だ。そうはいっても、わざわざ枕ごと外に移動するのは億劫だし、クッションが汚れてしまう。
 本当に、なにからなにまで思い通りにならない。
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