すばらしい新世界

阿波野治

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おばあちゃんの話①

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 遡ること三年前、ユン・イナの母親の母親である希和子は、夫の智夫に先立たれた。死因はすい臓がん。病気が発覚してから半年足らずの死だった。

 定年退職してからは地域の活動に参加するのが趣味、しゃべるのが好きでユーモアのある智夫とは対照的に、希和子は寡黙で、家の中で過ごすことを好んだ。黒縁の老眼鏡をかけ、購読している朝刊を隅々まで、時間をかけて読むのが日課だった。イナが両親と三人で遊びに行ったときには、明治や大正時代に執筆された古い小説の文庫本を読む姿がよく見られた。

『お母さんが小さいころに読んでいた絵本で、面白いものがあるから、イナちゃんも読んでみる?』

 一度、なにかの拍子に二人きりになったときに、希和子からそんな言葉をかけられたことがある。あいにく、イナは活字にはまったく興味がなかったので、冷ややかに辞退した。
 ただ、そのささやかなやりとりがきっかけで、希和子に対するイナの興味関心は確実に深まった。消極的で、自分を出そうとはせず、孫娘にさしたる関心は払っていないという認識、それが覆されたことで、希和子との間に磁力が発生したのだ。決して強くはないが、それでいて容易には消し去りがたい磁力が。

 一人の世界に浸るのを好む人だという認識は、絵本をすすめられる前からしっかりと持っていた。イナと両親が三人で遊びに来て、コタツで菓子を食べながら談笑している最中にもかかわらず、話を振られたらそれに応じるくらいで、膝の上に広げた文庫本を熱心に読む。孫娘のイナに対しても、智夫のように積極的にしゃべりかけるのではなく、体調や学業のことなど、当たり障りのない質問を二・三投げかけるだけ。一時期、智夫が冗談交じりにしきりに愚痴っていたが、定年退職して時間があり余っているから国内旅行に行こう、という夫からの提案を、希和子は夫婦喧嘩に発展するくらい強硬に拒絶したという。

 他にも、智夫は妻の料理の腕前をよく褒めていた。空き時間を利用して作り置きのおかずをせっせと作るから、食卓に並ぶ副菜の数がいつもとても多いのだそうだ。

『そこまで気合い入れて作らんでええよ。あんたが作る料理は美味いんやから、少数精鋭でええ。歳をとって食べる量も減ったことやしな』
『そう言わないでくださいよ。お料理作りは私の趣味の一つ。好きであれこれ作っているんだから、あなたは出てくるものを美味しく食べるだけでいいの』

 これと同じ趣旨のやりとりを、夫婦は何度イナたちの前で交わしただろう。
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