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告白
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ケンが素早く右方向に顔を振り向ける。右腕が弾け飛んだ。回転しながら空を舞い、血しぶきが薄暗闇を彩る。鈍い音を立てて着地する。
彼の右腕は、彼から二メートルほど隔たった床に横たわっている。中途半端に五指を開いた形のまま、微動だにしない。
「おおおあああ!」
ケンは自らの右肩を押さえて咆哮する。肩口を押さえた左手の五指の隙間から、おびただしい鮮血が流れ出している。粘性を帯びているのが見て取れる垂れ落ち方で、絶え間なく。
ケンは弾かれたように顔を上げ、上体を大きく後傾させる。銀色が鋭く闇を裂いた。鼻先が二・三センチほど切断され、滑らかな断面を晒した。
人の気配を感じる。
感情を置き去りにして、全身に鳥肌が立った。
ケンは左手を前方に突き出す。それを上回る速度で、何者かが真正面から彼との距離を詰めた。それと同じくらいの速度で、細長い鈍色が彼へと迫る。その先端は左手をかわし、ケンの左肩に深々とのめり込んだ。ケンの上体が一気に後方へと傾き、背中から床に倒れ込む。すかさず、何者かがケンの上に馬乗りになった。
細長い鈍色は左肩に突き刺さったままだ。ケンは左手でそれを握りしめている。その手からは血がしたたり落ちている。押さえるものがなくなった右肩から噴出する血は、いっときよりも勢いを増したらしい。
細長い銀色の正体は、刃。
ケンに馬乗りになっている人物に、わたしは見覚えがある。
「最後に教えてあげましょう、『右傾化する日本』さん」
声が暗闇にそっと放たれた。静穏で、歪んだ慈愛の念に満ち溢れた、女声。
ケンは表情を凍りつかせ、口を大きく開け、自らを押さえつけている人物の顔を凝視している。
「あなたが毎日やりたい放題してくれたおかげで、たっぷりと美味しい思いをさせてもらいました。心からありがとう。そして――」
刃が引き抜かれた。きっさきに殺意が漲る。
「さようなら」
絶叫が迸った。反射的に防御を試みた左手も虚しく、振り下ろされたきっさきが左胸に深々と突き刺さる。声が断ち切られ、ケンの体は電流でも流されたかのように痙攣する。それが収まると共に、ジーンズの股間に染みが広がり、反対側からなにかを絞り出したような異音がした。一拍遅れて、糞尿臭。
刃が引き抜かれる。噴水のように鮮血が噴出する、という現象は発生しなかった。日本刀を手にその人物は立ち上がり、こちらを向く。
「……相葉先生」
「京子って呼んでほしかったかな。まあ、無理強いはしないけど」
相葉先生の顔に人のよさそうな笑みが灯る。その笑顔は表面的かつ表層的かつ皮相的で、一枚皮を剥いだ内側に、底なしの暗黒が湛えられているのが見え透くようだ。
多分、先生はずっとこんな笑みを浮かべていたのだろう。
わたしが気がつかなかっただけ、
というよりも、重要視していなかったがゆえに、無意識に看過していただけで。
「驚いていないのね。ユエちゃん、やっぱりあなた、凄く変な子ね」
刃に付着した血を、ケンが穿いているジーンズで拭う。糞尿が染み出した箇所を避けたのは言うまでもない。再びわたしと目を合わせ、
「恐怖から金縛りに遭っているわけでもないのに、逃げ出さないところとか。まあ、私はユエちゃんは殺さないけどね。――今のところは、だけど」
「フレデリカさんを、その女性を殺したのは、相葉先生ですか」
「ええ、そうよ。半死半生だったその女の子を殺して、肉片を抉り取って食べたのは、私」
「では、『右傾化する日本』の仕業とされていた、カニバリズム行為は」
「そう、私の犯行。私、人肉を食べるのが好きでね。『右傾化する日本』が活動を開始して以来、ずっとずっと、密かに人を殺しては食べていたの。なにをしても『右傾化する日本』の仕業ということになるから、やりやすかったわね。かなりやりやすかった。感謝してもしきれないわ」
先生はケンへと眼差しを注ぐ。瞳には感謝の念はおろか、一切の感情が宿っていない。彼が死んでいなかったとしても、きっと目の色は同じだっただろう。
「『右傾化する日本』がひた隠しにしていたこの場所を知ることができたのは、彼を尾行していたから。なぜ尾行していたかというと、目的を果たすための障害になる存在だから、命を抹消する機会を窺っていたの。その目的がなにか、想像はついているかな? ユエちゃんは」
故意に設けられた間。その後に発信された告白は、感情を覚えることがほとんどないわたしにとっても衝撃的だった。
「あなたを食べるためです」
彼の右腕は、彼から二メートルほど隔たった床に横たわっている。中途半端に五指を開いた形のまま、微動だにしない。
「おおおあああ!」
ケンは自らの右肩を押さえて咆哮する。肩口を押さえた左手の五指の隙間から、おびただしい鮮血が流れ出している。粘性を帯びているのが見て取れる垂れ落ち方で、絶え間なく。
ケンは弾かれたように顔を上げ、上体を大きく後傾させる。銀色が鋭く闇を裂いた。鼻先が二・三センチほど切断され、滑らかな断面を晒した。
人の気配を感じる。
感情を置き去りにして、全身に鳥肌が立った。
ケンは左手を前方に突き出す。それを上回る速度で、何者かが真正面から彼との距離を詰めた。それと同じくらいの速度で、細長い鈍色が彼へと迫る。その先端は左手をかわし、ケンの左肩に深々とのめり込んだ。ケンの上体が一気に後方へと傾き、背中から床に倒れ込む。すかさず、何者かがケンの上に馬乗りになった。
細長い鈍色は左肩に突き刺さったままだ。ケンは左手でそれを握りしめている。その手からは血がしたたり落ちている。押さえるものがなくなった右肩から噴出する血は、いっときよりも勢いを増したらしい。
細長い銀色の正体は、刃。
ケンに馬乗りになっている人物に、わたしは見覚えがある。
「最後に教えてあげましょう、『右傾化する日本』さん」
声が暗闇にそっと放たれた。静穏で、歪んだ慈愛の念に満ち溢れた、女声。
ケンは表情を凍りつかせ、口を大きく開け、自らを押さえつけている人物の顔を凝視している。
「あなたが毎日やりたい放題してくれたおかげで、たっぷりと美味しい思いをさせてもらいました。心からありがとう。そして――」
刃が引き抜かれた。きっさきに殺意が漲る。
「さようなら」
絶叫が迸った。反射的に防御を試みた左手も虚しく、振り下ろされたきっさきが左胸に深々と突き刺さる。声が断ち切られ、ケンの体は電流でも流されたかのように痙攣する。それが収まると共に、ジーンズの股間に染みが広がり、反対側からなにかを絞り出したような異音がした。一拍遅れて、糞尿臭。
刃が引き抜かれる。噴水のように鮮血が噴出する、という現象は発生しなかった。日本刀を手にその人物は立ち上がり、こちらを向く。
「……相葉先生」
「京子って呼んでほしかったかな。まあ、無理強いはしないけど」
相葉先生の顔に人のよさそうな笑みが灯る。その笑顔は表面的かつ表層的かつ皮相的で、一枚皮を剥いだ内側に、底なしの暗黒が湛えられているのが見え透くようだ。
多分、先生はずっとこんな笑みを浮かべていたのだろう。
わたしが気がつかなかっただけ、
というよりも、重要視していなかったがゆえに、無意識に看過していただけで。
「驚いていないのね。ユエちゃん、やっぱりあなた、凄く変な子ね」
刃に付着した血を、ケンが穿いているジーンズで拭う。糞尿が染み出した箇所を避けたのは言うまでもない。再びわたしと目を合わせ、
「恐怖から金縛りに遭っているわけでもないのに、逃げ出さないところとか。まあ、私はユエちゃんは殺さないけどね。――今のところは、だけど」
「フレデリカさんを、その女性を殺したのは、相葉先生ですか」
「ええ、そうよ。半死半生だったその女の子を殺して、肉片を抉り取って食べたのは、私」
「では、『右傾化する日本』の仕業とされていた、カニバリズム行為は」
「そう、私の犯行。私、人肉を食べるのが好きでね。『右傾化する日本』が活動を開始して以来、ずっとずっと、密かに人を殺しては食べていたの。なにをしても『右傾化する日本』の仕業ということになるから、やりやすかったわね。かなりやりやすかった。感謝してもしきれないわ」
先生はケンへと眼差しを注ぐ。瞳には感謝の念はおろか、一切の感情が宿っていない。彼が死んでいなかったとしても、きっと目の色は同じだっただろう。
「『右傾化する日本』がひた隠しにしていたこの場所を知ることができたのは、彼を尾行していたから。なぜ尾行していたかというと、目的を果たすための障害になる存在だから、命を抹消する機会を窺っていたの。その目的がなにか、想像はついているかな? ユエちゃんは」
故意に設けられた間。その後に発信された告白は、感情を覚えることがほとんどないわたしにとっても衝撃的だった。
「あなたを食べるためです」
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