切言屋

阿波野治

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プロローグ

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 赤茶けた門扉越しに、美咲は庭にしゃがむ少年の背中を見た。
 顔なじみの少年だ。
 本田岳斗。
 小学三年生だったか、それとも四年生だったか。初めて言葉を交わしたさいに、名前に続いて教えてもらった情報なのに、そのときからまだ数か月しか経っていないのに、早くも失念してしまっている。
 岳斗の目の前の地面には、握り拳に似た形の、握り拳よりも一回り大きな灰色の石が置かれている。
 美咲は予感めいたものを覚えた。胸騒ぎと表現しても大げさではない。とても、とても、嫌な予感を。
 靴音を鳴らさないように細心の注意を払いながら、三歩彼へと歩み寄る。さらには一歩分左に動いて、改めて少年を注視する。距離と角度が変わったことで、岳斗の横顔と、石の表面に黒い文字が記されているのが見えた。
 息を呑むくらいに暗澹とした表情をしていた。
「クロノスケの墓」という文言だった。
 ああ……。
 肩の力が抜けた。もうだめだ、と思った。重々しい絶望感が一五五センチメートル四十一キログラムの体を押しつぶす。
 この世界のなにもかもが思いどおりにならない。
 こんな世界で生きることなんて、もう、わたしには――。
 再び歩き出せたのが不思議なくらいだった。

 
 翌日から美咲は学校に行かなくなる。
 母親から自室のドア越しに「どうして今日は休むの?」と問われたが、答えられなかった。答えなかった、ではなくて。
 それが答えだった。
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