切言屋

阿波野治

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遼の依頼②

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 情けないけど――。
 でも、これが現実だ。現実だと認めざるを得ない。
 どんなにがんばっても変えられないものもある。その一つが、俺の無力さ。きっとそういうことなのだ。

 でも。
 そうなのだとしても、変えたい。美咲の現状をどうにかしたい。
 あいつは、あのままでいていい人間じゃない。なんとしてでも、あいつを部屋の中から引きずり出したい。

 ただ、その方法が分からない。
 認めるのは悔しいけど、冴えた妙案をひねり出せるだけの頭が俺にはない。
 誰か、教えてくれよ。助けてくれよ。導いてくれよ。
 代行してくれ、だなんてわがままを言うつもりはない。ただ、助けてほしい。手伝ってほしい。誰だっていいから。ほんの少しだけでも構わないから。

 でも、頼れる人間がどこにいる?
 美咲のおじさんとおばさんはのんびりしすぎだし、俺の親父とおふくろはまるで他人事だ。教師に助けを求めるのは馬鹿げている。
 俺を、美咲を救ってくれる人間は、俺の周りには誰一人としていない。

「どうすればいいんだよ、くそったれ……!」

 心からの叫びを叫んでほどなく、遼の足は止まる。
 良案を閃いたのではなく、息が切れたから。長く走りつづけられるようにペースを保ったつもりだが、無意識にギアを上げていたらしい。

 うらさびしい雰囲気が漂う住宅地。前方には幅がそう広くない道が、緩やかな左曲がりのカーブを描きながら伸びている。左手にあるのは、エノコログサが繁茂する空き地。右手には、少し汚れた白壁の三階建てのアパートが建っていて、遼がいるのは敷地の入口のちょうど目の前だ。

 アパートに視線を固定したまま呼吸を整える。
 部屋から人が出てきたら、敷地の前で突っ立っていると怪しまれる。誰かの姿が見えたら、すぐにでも離れよう。そう考えていたのだが、

「ん?」

 一階、上り階段にもっとも近い部屋の玄関ドアに、紙が貼りつけられているのが目に留まった。
 普通であれば「住人宛の注意書きでも掲示してあるのだろう」で完結する映像だ。しかし、遼は見過ごせないと感じた。なぜかは分からないがそう感じた。
 みだりに足を踏み入れるのはよくないと理解しつつも、門を潜って問題の部屋へと歩を進める。
 ドアの貼り紙にはこんな文章がつづられていた。


『「切言屋」事務所。
 説得・交渉業務、広く承ります。
 オモチャを買ってほしいと駄々をこねる幼児から、核ミサイル発射ボタンを押すと言って聞かない独裁者まで、わたくし・武元草太朗が必ずやその人の意思を覆してみせます。
 料金は要相談。
 お困りのかたはお気軽にご連絡ください。電話番号……』
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