切言屋

阿波野治

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依頼の終わり③

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「お言葉だけどね、のどかちゃん」

 あえて、そこでいったん言葉を切る。不謹慎な発言を糾弾されるとでも思ったのか、のどかは少し眉根を寄せて父親を見返した。草太朗は底抜けに能天気に微笑して語を継いだ。

「小説って、どの作品もだいたいそんなものじゃないかな。紆余曲折あって、ハッピーエンド。それが基本形だと思う。ようするに、結末よりも過程が大事なわけ。
 だから小説の腕を磨くには、その紆余曲折をどう描くかを考えればいい。
 たとえば美咲ちゃんの場合で言えば、ハッピーエンドは『美咲ちゃんが部屋を出て、学校へ行って、人としゃべれるようになる』で、紆余曲折は『美咲ちゃんをいかに説得するか』だよね。のどかは美咲ちゃんが話し出すのを待ったけど、パパだったらあれこれしゃべりかけて、なんとかして言葉を引き出そうとしたかな。遼くんだったらかなり熱く語りかけたんだろうって想像がつくし、弥生ちゃんなら愛の鞭って感じで厳しい言葉をぶつけていたかもしれないね。ようするに、主人公の個性とか経験とかによって、筋書きはころころと変わる。
 どうすれば自分の個性を活かせるか。いかに自分のためになる経験を重ねていくか。そこのところを考えていくといいかもしれないね。
 ど素人がなに創作論語ってるんだよって話だけど、そんなにおかしなことは言っていないんじゃないかな? パパの意見、参考になりそうであれば参考にしてみて」

 のどかが大切にしている小説の話だけに、辛辣な言葉が返ってくる覚悟はしていた。それに対して、切言屋らしく上手い言葉を返して、娘の不機嫌が吹き飛ぶような愉快なやりとりに発展することを期待していた。
 しかし、のどかは全ての感情を引っ込めて真顔になった。さらにはスマホをジーンズのポケットにしまい、ソファから立ち上がる。

「のどかちゃん、どうしたの?」
「『究極の小説』……。プロットを立てている段階でつまずいていたけど、悪い意味での完璧主義に囚われているのかもしれないって疑っていたけど――もしかしたら、困難から逃げていただけかもしれない」
「つまずき? 完璧主義? 困難? ……どういうこと?」
「こっちの話だから、パパは分からなくていいよ。今から試しに書いてみる」

 のどかは自室へと消えた。その静かだが決意が宿った後ろ姿を見て、「パパは知らなくていいよ」という発言の意味が呑み込めた気がした。

「いいね、若いってのは。……そうだろう、はるか」

 口角を持ち上げて仏壇の遺影に視線を投げる。今は亡き最愛の妻は、今日も相変わらず上機嫌そうにほのかに笑っている。
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