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エピローグ後編
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あの日見た、クロノスケの墓と少年の顔が脳裏で明滅する。不規則な点滅の連続に刺激されたとでもいうように、鼓動が徐々に速くなっていく。
クロノスケの死は、不登校になり・ひきこもり・しゃべれなくなった直接の原因ではないが、美咲としてはどうしても意識してしまう。
学校に行くためには、よほど遠回りになるルートを選ばない限りは、この道を通らなければならない。
克服するための試練なのだ。そう明確に認識する。
錆びついた門扉は今日も開かれている。庭を覗き込むと、墓石の前で少年がしゃがんでいる。美咲は既視感を覚えた。朝と夕方の違いこそあるが、まるであの日が再現されかのようだ。
明らかに違うのは、精神的な動揺に襲われなかったこと。
むしろ、波が引くように心が冷静になった。使命感、と呼ぶべきものが忽然と胸に生まれた。
いつの間にか、心臓の高鳴りはやんでいる。変調を来してから三十秒も経っていないというのに。
敷地に足を踏み入れることにためらいはなかった。
「岳斗くん」
声に反応して岳斗が振り向いた。彼からすれば、顔は知っている程度の他人がいきなり近くにいたのだから、驚きを露わにしてもおかしくないのに、能面のような顔で、なおかつ無言で、美咲の顔を凝視するばかりだ。
美咲は微塵も怯まない。前屈みになって目の高さを岳斗に合わせ、表情を和らげる。
「岳斗くんはたぶん、クロノスケが死んでしまったこともそうだけど、クロノスケの死を、周りの人が悲しんでくれないのが悲しいんじゃないかな。自分はこんなにも悲しいのに、なんでみんなは平気でいられるんだろうって」
岳斗のつぶらな目が少し大きくなる。すらすらと言葉が出てくるのを、頭の片隅で不思議だと思いながらも、美咲はしゃべるのをやめない。
「でも、自分を責めないで。岳斗くんは正しい。岳斗くんがクロノスケの死が悲しいのなら、悲しいのが正解なの。たとえ自分以外の人間が平気な顔をしていたとしてもね」
岳斗は双眸をしばたたかせる。いっときよりも眼球をコーティングする潤いは増したようだ。
「だから、クロノスケが死んで悲しいっていう気持ち、いつまでも大事にして。そして、今よりも心に少し余裕ができたら、自分がしなきゃいけないなって思っていることをやってみて。そうしたら、天国のクロノスケも喜ぶと思うし、私もうれしいから」
腰を伸ばし、本田家の庭から出て行く。門を潜ったところで体ごと振り向くと、岳斗少年は立ち上がって美咲のほうを見ていた。クロノスケの墓に背を向けて、真っ直ぐに美咲を見つめている。
「大丈夫、あなたならきっとできるよ。だって、私にだってできたんだから。……がんばって」
岳斗は小さくうなずき、家の中に入った。玄関ドアがきちんと閉まるのを見届けてから、美咲は道を歩き出す。
はるか後方から「美咲!」と呼ぶ遼の声が聞こえた。
クロノスケの死は、不登校になり・ひきこもり・しゃべれなくなった直接の原因ではないが、美咲としてはどうしても意識してしまう。
学校に行くためには、よほど遠回りになるルートを選ばない限りは、この道を通らなければならない。
克服するための試練なのだ。そう明確に認識する。
錆びついた門扉は今日も開かれている。庭を覗き込むと、墓石の前で少年がしゃがんでいる。美咲は既視感を覚えた。朝と夕方の違いこそあるが、まるであの日が再現されかのようだ。
明らかに違うのは、精神的な動揺に襲われなかったこと。
むしろ、波が引くように心が冷静になった。使命感、と呼ぶべきものが忽然と胸に生まれた。
いつの間にか、心臓の高鳴りはやんでいる。変調を来してから三十秒も経っていないというのに。
敷地に足を踏み入れることにためらいはなかった。
「岳斗くん」
声に反応して岳斗が振り向いた。彼からすれば、顔は知っている程度の他人がいきなり近くにいたのだから、驚きを露わにしてもおかしくないのに、能面のような顔で、なおかつ無言で、美咲の顔を凝視するばかりだ。
美咲は微塵も怯まない。前屈みになって目の高さを岳斗に合わせ、表情を和らげる。
「岳斗くんはたぶん、クロノスケが死んでしまったこともそうだけど、クロノスケの死を、周りの人が悲しんでくれないのが悲しいんじゃないかな。自分はこんなにも悲しいのに、なんでみんなは平気でいられるんだろうって」
岳斗のつぶらな目が少し大きくなる。すらすらと言葉が出てくるのを、頭の片隅で不思議だと思いながらも、美咲はしゃべるのをやめない。
「でも、自分を責めないで。岳斗くんは正しい。岳斗くんがクロノスケの死が悲しいのなら、悲しいのが正解なの。たとえ自分以外の人間が平気な顔をしていたとしてもね」
岳斗は双眸をしばたたかせる。いっときよりも眼球をコーティングする潤いは増したようだ。
「だから、クロノスケが死んで悲しいっていう気持ち、いつまでも大事にして。そして、今よりも心に少し余裕ができたら、自分がしなきゃいけないなって思っていることをやってみて。そうしたら、天国のクロノスケも喜ぶと思うし、私もうれしいから」
腰を伸ばし、本田家の庭から出て行く。門を潜ったところで体ごと振り向くと、岳斗少年は立ち上がって美咲のほうを見ていた。クロノスケの墓に背を向けて、真っ直ぐに美咲を見つめている。
「大丈夫、あなたならきっとできるよ。だって、私にだってできたんだから。……がんばって」
岳斗は小さくうなずき、家の中に入った。玄関ドアがきちんと閉まるのを見届けてから、美咲は道を歩き出す。
はるか後方から「美咲!」と呼ぶ遼の声が聞こえた。
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