切言屋

阿波野治

文字の大きさ
113 / 113

エピローグ後編

しおりを挟む
 あの日見た、クロノスケの墓と少年の顔が脳裏で明滅する。不規則な点滅の連続に刺激されたとでもいうように、鼓動が徐々に速くなっていく。
 クロノスケの死は、不登校になり・ひきこもり・しゃべれなくなった直接の原因ではないが、美咲としてはどうしても意識してしまう。
 学校に行くためには、よほど遠回りになるルートを選ばない限りは、この道を通らなければならない。
 克服するための試練なのだ。そう明確に認識する。

 錆びついた門扉は今日も開かれている。庭を覗き込むと、墓石の前で少年がしゃがんでいる。美咲は既視感を覚えた。朝と夕方の違いこそあるが、まるであの日が再現されかのようだ。
 明らかに違うのは、精神的な動揺に襲われなかったこと。
 むしろ、波が引くように心が冷静になった。使命感、と呼ぶべきものが忽然と胸に生まれた。

 いつの間にか、心臓の高鳴りはやんでいる。変調を来してから三十秒も経っていないというのに。
 敷地に足を踏み入れることにためらいはなかった。

「岳斗くん」

 声に反応して岳斗が振り向いた。彼からすれば、顔は知っている程度の他人がいきなり近くにいたのだから、驚きを露わにしてもおかしくないのに、能面のような顔で、なおかつ無言で、美咲の顔を凝視するばかりだ。
 美咲は微塵も怯まない。前屈みになって目の高さを岳斗に合わせ、表情を和らげる。

「岳斗くんはたぶん、クロノスケが死んでしまったこともそうだけど、クロノスケの死を、周りの人が悲しんでくれないのが悲しいんじゃないかな。自分はこんなにも悲しいのに、なんでみんなは平気でいられるんだろうって」

 岳斗のつぶらな目が少し大きくなる。すらすらと言葉が出てくるのを、頭の片隅で不思議だと思いながらも、美咲はしゃべるのをやめない。

「でも、自分を責めないで。岳斗くんは正しい。岳斗くんがクロノスケの死が悲しいのなら、悲しいのが正解なの。たとえ自分以外の人間が平気な顔をしていたとしてもね」

 岳斗は双眸をしばたたかせる。いっときよりも眼球をコーティングする潤いは増したようだ。

「だから、クロノスケが死んで悲しいっていう気持ち、いつまでも大事にして。そして、今よりも心に少し余裕ができたら、自分がしなきゃいけないなって思っていることをやってみて。そうしたら、天国のクロノスケも喜ぶと思うし、私もうれしいから」

 腰を伸ばし、本田家の庭から出て行く。門を潜ったところで体ごと振り向くと、岳斗少年は立ち上がって美咲のほうを見ていた。クロノスケの墓に背を向けて、真っ直ぐに美咲を見つめている。

「大丈夫、あなたならきっとできるよ。だって、私にだってできたんだから。……がんばって」

 岳斗は小さくうなずき、家の中に入った。玄関ドアがきちんと閉まるのを見届けてから、美咲は道を歩き出す。
 はるか後方から「美咲!」と呼ぶ遼の声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

雨上がりの虹と

瀬崎由美
ライト文芸
大学受験が終わってすぐ、父が再婚したいと言い出した。 相手の連れ子は小学生の女の子。新しくできた妹は、おとなしくて人見知り。 まだ家族としてイマイチ打ち解けられないでいるのに、父に転勤の話が出てくる。 新しい母はついていくつもりで自分も移動願いを出し、まだ幼い妹を含めた三人で引っ越すつもりでいたが……。 2年間限定で始まった、血の繋がらない妹との二人暮らし。 気を使い過ぎて何でも我慢してしまう妹と、まだ十代なのに面倒見の良すぎる姉。 一人っ子同士でぎこちないながらも、少しずつ縮まっていく姉妹の距離。   ★第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...