グッバイ童貞

阿波野治

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早乙女四方子について

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 案の定、学校は臨時休校となった。
 同じクラスの連中は流石に動揺していたが、別のクラスや他の学年の生徒たちは、学校が休みになったことを無邪気に喜んでいた。クラスメイトのちょっと気になっていた子から、義理ではあったけどチョコを貰えたから、びっくりしたけど嬉しいな。そんなノリで。
 同じ学校に所属しているだけの関係の人間が屋上から転落しても、悲しみに沈まないのが普通。転落したのが早乙女ではなくて、面識のない生徒だったとしたら、俺だって似たようなリアクションを示していたはずだ。無関係な人間が不謹慎に振る舞うのは、ある意味仕方がない。
 そう自分に言い聞かせたものの、納得がいかない思いは消えない。

 早乙女四方子が屋上から転落した。
 いや、飛び降りた。
 他に目撃した人間はいないようだが、俺はこの目ではっきりと見た。わざわざフェンスによじ登ったのだから、己の意志で飛び降りたに決まっている。

*

 大人しくて、存在感がない、ごく普通の女子生徒。
 早乙女四方子に対する印象を率直に述べるならば、以上になる。

 早乙女は、いじられ役のポジションに甘んじていた。
 自らが所属するグループのメンバーから、暴言を吐かれるわけでも、暴力を振るわれるわけでも、ましてや金銭を要求されるわけでもない。ただ、何かにつけて笑い者にされている。
 数学のテストの点数が赤点ぎりぎりだった。何もないところでつまずいた。LINEの文章に誤字脱字があった。
 そんなどうでもいいことにフォーカスを当てられて、笑われる。笑い者にされている張本人であるにもかかわらず、みんなと一緒になって笑う。それが早乙女四方子という女子生徒だった。
 虐めには発展しないだろうが、改善できるなら改善した方が望ましい。傍から見た限り、そんな印象を受けた。願わくは、もう少し違った形でみんなと仲良くやりたいんだろうな、早乙女は。そんな感想を何度も持った。
 しかし、所詮は他人事。早乙女自身や、彼女が属するグループの女子たちに対して、俺が何らかの働きかけを行うことは一切なく、一学期は過ぎ去り、夏休みが始まって終わった。

 早乙女とは一度だけ、放課後の教室で二人きりで話をしたことがある。
 我がクラスでは日直は男女一組で担当することになっていて、出席番号順に役割が回ってくる。俺も早乙女も苗字がサ行ということで、ペアを組むことになった。一学期もそろそろ終盤戦に差しかかった、梅雨入り直前の六月下旬のことだ。

「早乙女さんって、下の名前は何ていうの?」

 箒で床を掃いていた俺は、おもむろに作業の手を止め、黒板拭きを黒板に這わせている早乙女に話しかけた。

「ふぇっ!?」

 早乙女は素っ頓狂な声を発した。見開いた双眸で俺を見返す。

「いやさ、俺、佐藤友也っていう平凡な名前じゃん? だから、珍しい苗字の人の下の名前がどうなっているのか、ちょっと興味があるんだ。苗字に揃えて捻りをきかせた名前なのか、それともシンプルな名前なのか」
「興味がある……」
「よければ教えてよ」

 まあ、ちょっと調べれば簡単に分かることなのだが、クラスメイトとコミュニケーションを取るのも大事、ということで。

「四方子、だけど」
「どういう漢字をあてるの?」

 早乙女は白いチョークを握り、まっさらになったばかりの黒板に文字を書いた。漢数字の四、方角の方、子供の子。

「ああ、四方山話の四方ね。もしかして、四女だったりする?」
「うん、正解。四人姉妹の末っ子」
「へえ、お姉さんが三人もいるんだ。それは羨ましい」
「そうでもないよ。一番下だから、よく意地悪されたりするし。四女だから数字の四がつく名前なんて、安直すぎるし」
「そんなことないよ。オリジナリティがあって、いい名前だと思う」

 俺が「興味がある」と言ったあたりから、早乙女が頬をうっすらと赤らめているのには気がついていた。それを指摘せずに話し続けたのは、彼女と話をするのが楽しかったからに他ならない。

「俺なんて友也だぜ? 友達が多くできるように、みたいな願いが込められているんだろうけど、何の捻りもないよな。肝心の友達はあんまりできないし」

『じゃあ、私と友達になってください』

 期待していたその言葉を聞くことはできなかったが、快い気分のまま会話を終えられた。
 大人しくて、存在感が希薄かもしれないが、親しみが湧く人柄だ。恥ずかしがっている時の顔は、結構かわいい。
 二つの新事実を知ることができただけでも、大収穫だった。
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