惣助とアラバマ

阿波野治

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夜のひととき

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 ウイスキー色のゴキブリが、ひっくり返った瀕死のゴキブリをかじりはじめた。食べられるほうの一匹の脚と髭は、痙攣するように小刻みに震えている。食べているほうの口の動きは、どことなく悠長だ。
 ベッドに俯せに寝そべったアラバマは、スマホのディスプレイに目を注いだまま、ちゃぶ台へと左手を伸ばす。
 期待とは裏腹に、空を切った。もう一度、いっそう遠くへ伸ばしてみる。やはりなにも指先に触れない。

「眠たい? もう寝る?」

 ドアが開き、惣助の気配と声。なにかが肩に触れたと思ったら、紙パックのグレープフルーツジュースだ。スマホをベッドの上に置き、寝そべったままで袋からストローを取り出そうとしたが、上手くいかない。上体を起こして目的を達成し、ジュースを飲む。
 食べていたゴキブリは、突如として現れた自分よりも少し大きいゴキブリに、四分の一ほど食べたゴキブリを奪われてしまった。自分も大きいゴキブリといっしょに食べようとするが、大きいゴキブリは自らの体を利用して獲物と邪魔者のあいだに壁を作り、あくまでもひとり占めしようとする。

「熱心だね。なにを見てるの」
「虫の共食い」
「よく飲みながら見れるね」
「そんなにグロくないし」

 ゴキブリは一心不乱に食べている。動画があと八分も続くと知った瞬間、大きなあくびが出た。動画を停止させ、仰向けになってぐっと四肢を伸ばす。

「ほら、やっぱり眠いんだ」
「ほらってなに」
「もう十時半だからね。僕は夜型人間だから余裕だけど」
「ぼくもよゆーだし。日付が変わるまで粘ろっと」
「朝弱いのに、大丈夫?」
「言ってないし」
「言った、言った」

 もう一度伸びをしたさいに、左手で紙パックを倒してしまった。惣助は「あっ」と声を漏らし、アラバマは素早く上体を起こす。紙パックは横倒しになっているものの、ストローの角度は斜め上で、中身は一滴もこぼれていない。
 胸を撫で下ろしてベッドから下り、紙パックをちゃぶ台に置く。

*

 肩を何度もつついてみたが、反応はない。
 顔をアラバマの顔の高さに合わせる。シーツに半分埋もれていて分かりにくいが、少なくとも苦悶の表情は浮かんでいない。
 ふう、と息をつき、腰を真っ直ぐに伸ばす。絡み合っている掛け布団と薄手の毛布を分離させ、一枚ずつ体の上に重ねる。

 ベッドの脇、タオルとポテトチップスの袋の境目に落下したスマホを取り上げる。ディスプレイを明転させると、YouTubeのアプリが起動していた。再生ボタンをタップすると、ゴキブリがゴキブリをかじる動画が流れはじめたので、「うわっ」という声が思わず出た。

「よりによって、こんな……」

 アプリを閉じる。ツイッターのタイムラインを軽く確認し、ディスプレイを暗転。ちゃぶ台に置いて、グレープフルーツジュースの紙パックをごみ袋に捨てる。
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