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バスに乗って
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バス停が見えてきた。スマホで時間を確認すると、十分ほど余裕がある。
「なーんだ。このバス停か」
アラバマの発言だ。
「ん? 知ってるの?」
「昨日前を通った」
「なにしてたの、アラバマ」
「さ迷い歩いてた」
「で、洗濯物を干している僕を見つけた」
「そうすけ、へんだよ」
「なにが」
「夜に洗濯」
「そう? 帰りが遅い人とかは普通にすると思うけど」
「へんだよ、へん。ママだったら絶対にしないし」
手はしっかりと握られたままだ。
*
定刻よりも一分遅く、クリーム色と黄緑色にペイントされたバスが停留所に到着した。車両中央左側、乗車口のドアがゆっくりと開く。
「これ?」
ベンチから立ち上がった惣助に、バスを指差しながら問う。
「これ。乗るよー」
手振りで促し、惣助、アラバマの順に乗りこむ。
車内は空いている。乗客は、最前列左側、車体と平行になった席に、老婦人が一人。後ろから二つ目右側の席に、禿頭の中年男性。前者は、首を大きくねじって、後方の窓から外の景色を見ている。後者は、スマホをいじっている。
惣助は目と手を使って、乗車してすぐ右手、二人がけの座席を示す。アラバマは窓側に座り、惣助はその隣に腰を下ろす。
バスが走り出した。
*
アラバマは車窓に張りついて、流れたり、静止したりする景色を眺めている。時折、「はー」とか「おー」とかいう小声が唇から漏れる。
「バスはよく乗るの」
アラバマは肩越しに惣助を振り向き、すぐに顔の向きを戻す。
「よくではないけど、乗ったことはある」
「一人?」
「ううん、ママと。ママね、車の免許持ってないから」
間。
「バスでどこへ行くの」
「映画とか」
「川向うのショッピングセンターにある映画館?」
「そう。コナン観たんだけど、眠いから寝ちゃった。ママはおもしろかったって」
「映画かぁ。そういえば、最近行ってないな。子どものときはよく家族で行ったけど」
「なに観たの」
「ゴジラとか、ポケモンとか」
アラバマは真剣な横顔で窓外を眺めている。
*
バスが停車した。
目の前の窓ではなく、フロントガラス越しに前方を窺って、信号待ちだと理解する。
顔を戻す。目の前には大きな二階建ての建物があって、出入り口がある。ほぼ正面に、警備員が後ろ手を組んで佇んでいて、さり気ない首の動きで右を見たり左を見たりしている。
「そうすけー。この建物、なに?」
指差しながら振り向くと、惣助はちょうどチノパンツのポケットからスマホを取り出したところだった。
「ああ、ヤマダ電機だね」
「電器屋さん」
「そうそう」
「そうすけは行ったことある?」
「あるよ。近場に電器屋はここしかないんだけど、徒歩だと微妙に遠くて」
「バスに乗ればいいじゃん」
「ごもっともだけど、往復四百二十円だからね」
顔を戻すと、警備員と目が合った。帽子を目深に被っていたが、細い目や、くっきりとしたほうれい線、薄い唇などが、はっきりと見てとれた。
警備員はアラバマから目を逸らさない。アラバマは一瞬だけ違う方向に目を逸らし、また警備員を見つめる。
警備員は帽子の庇を指先でつまみ、小さく頭を下げた。
惣助のほうを見ると、スマホを操作している。
バスが走り出す。
「なーんだ。このバス停か」
アラバマの発言だ。
「ん? 知ってるの?」
「昨日前を通った」
「なにしてたの、アラバマ」
「さ迷い歩いてた」
「で、洗濯物を干している僕を見つけた」
「そうすけ、へんだよ」
「なにが」
「夜に洗濯」
「そう? 帰りが遅い人とかは普通にすると思うけど」
「へんだよ、へん。ママだったら絶対にしないし」
手はしっかりと握られたままだ。
*
定刻よりも一分遅く、クリーム色と黄緑色にペイントされたバスが停留所に到着した。車両中央左側、乗車口のドアがゆっくりと開く。
「これ?」
ベンチから立ち上がった惣助に、バスを指差しながら問う。
「これ。乗るよー」
手振りで促し、惣助、アラバマの順に乗りこむ。
車内は空いている。乗客は、最前列左側、車体と平行になった席に、老婦人が一人。後ろから二つ目右側の席に、禿頭の中年男性。前者は、首を大きくねじって、後方の窓から外の景色を見ている。後者は、スマホをいじっている。
惣助は目と手を使って、乗車してすぐ右手、二人がけの座席を示す。アラバマは窓側に座り、惣助はその隣に腰を下ろす。
バスが走り出した。
*
アラバマは車窓に張りついて、流れたり、静止したりする景色を眺めている。時折、「はー」とか「おー」とかいう小声が唇から漏れる。
「バスはよく乗るの」
アラバマは肩越しに惣助を振り向き、すぐに顔の向きを戻す。
「よくではないけど、乗ったことはある」
「一人?」
「ううん、ママと。ママね、車の免許持ってないから」
間。
「バスでどこへ行くの」
「映画とか」
「川向うのショッピングセンターにある映画館?」
「そう。コナン観たんだけど、眠いから寝ちゃった。ママはおもしろかったって」
「映画かぁ。そういえば、最近行ってないな。子どものときはよく家族で行ったけど」
「なに観たの」
「ゴジラとか、ポケモンとか」
アラバマは真剣な横顔で窓外を眺めている。
*
バスが停車した。
目の前の窓ではなく、フロントガラス越しに前方を窺って、信号待ちだと理解する。
顔を戻す。目の前には大きな二階建ての建物があって、出入り口がある。ほぼ正面に、警備員が後ろ手を組んで佇んでいて、さり気ない首の動きで右を見たり左を見たりしている。
「そうすけー。この建物、なに?」
指差しながら振り向くと、惣助はちょうどチノパンツのポケットからスマホを取り出したところだった。
「ああ、ヤマダ電機だね」
「電器屋さん」
「そうそう」
「そうすけは行ったことある?」
「あるよ。近場に電器屋はここしかないんだけど、徒歩だと微妙に遠くて」
「バスに乗ればいいじゃん」
「ごもっともだけど、往復四百二十円だからね」
顔を戻すと、警備員と目が合った。帽子を目深に被っていたが、細い目や、くっきりとしたほうれい線、薄い唇などが、はっきりと見てとれた。
警備員はアラバマから目を逸らさない。アラバマは一瞬だけ違う方向に目を逸らし、また警備員を見つめる。
警備員は帽子の庇を指先でつまみ、小さく頭を下げた。
惣助のほうを見ると、スマホを操作している。
バスが走り出す。
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