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殺人と自殺
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中途半端な時間帯に来たせいか、男湯に客は誰もいなかった。
貸し切りだ!
嬉々として服を脱ぎ捨て、手早く体を流してバニラ風呂に入る。白い液体に首まで浸かった途端、目と鼻の先の水面が不自然なまでに大きく盛り上がり、禿頭の中年男が顔を覗かせた。危うくバニラに溺れそうになるくらい驚いた。
「これは失礼しました。単に息継ぎをしようとしただけなのですが、結果的に脅かしてしまったようで」
男は顔についたバニラを手の甲で拭い、人懐っこい笑顔をわたしに向ける。
「こちらこそ、すみません。貸し切り状態だと思い込んでいたので、年甲斐もなくはしゃいでしまって」
バニラ風呂に浸かりながら、わたしたちは取り留めのない話をした。バニラは冷たく保たれているので、のぼせる心配はしなくてもよかった。
話はやがて、巷を賑わせている殺人事件に及んだ。若い女性ばかりが狙われ、被害者はみな、全身に百以上もの切り傷を負って殺されるという、凄惨な猟奇殺人だ。内容が内容だけに、あまりその話はしたくなかったが、男は熱心に語る。
そしてわたしは気がついた。男の目が全く笑っていないことに。
まさか、この男が殺人犯なのか?
ごくり、と唾を呑み込む。その音に反応して、男がわたしの顔を覗き込んだため、目が合った。男の顔から表情が消えた。緊迫した沈黙が流れる。
何秒の間、膠着状態が続いただろう。
「お兄さん。あなた、もしかして、猟奇殺人事件の犯人?」
ぎゃあっ、とわたしは叫んでバニラ風呂から飛び出した。そのまま浴場から出る。脱衣所で素早く体のバニラを拭い、同様の素早さで衣服をまとい、銭湯から出る。
「わたしはやっていない! わたしはやっていない!」
声の限り叫びながら、町を全力疾走する。足がもつれそうになるが、それでも走る。
「わたしはやっていない! わたしはやっていない!」
走り疲れて足を止めた。呼吸が落ち着くのを待って顔を上げると、いつの間にかゲームセンターの中にいた。機械から流れる音でやかましいが、客は誰もいないようだ。いや、銭湯でのケースを考えると、どこかに潜んでいる輩がいるのか。
勝手にしやがれ。
心の中で呟き、モグラ叩きをプレイしようとしたが、専用のコインが必要らしく、作動しない。
「――くそったれ!」
腹立たしくなり、台を蹴飛ばす。途端に、台に穿たれた穴からプラスチック製のモグラが頭を突き出したり引っ込めたりし始めた。
わたしはハンマーを掴み、一心不乱にモグラたちを叩き始めた。モグラが一匹も外に顔を出さなくなるまで叩いた。スコアはまずまずだったと思う。
プレイを終えた直後は爽快感と達成感があった。しかし店を出た時には、徒労感と虚無感が色濃かった。なぜ短期間でこうも気持ちが上下するのか、自分でもよく分からない。こんなことは今まではなかった。
「……死のう。自殺だ、自殺」
わたしは無人の町を歩き始めた。刃物を調達しよう。スーパーマーケット、ホームセンター、百貨店。買う店はどこだっていい。
貸し切りだ!
嬉々として服を脱ぎ捨て、手早く体を流してバニラ風呂に入る。白い液体に首まで浸かった途端、目と鼻の先の水面が不自然なまでに大きく盛り上がり、禿頭の中年男が顔を覗かせた。危うくバニラに溺れそうになるくらい驚いた。
「これは失礼しました。単に息継ぎをしようとしただけなのですが、結果的に脅かしてしまったようで」
男は顔についたバニラを手の甲で拭い、人懐っこい笑顔をわたしに向ける。
「こちらこそ、すみません。貸し切り状態だと思い込んでいたので、年甲斐もなくはしゃいでしまって」
バニラ風呂に浸かりながら、わたしたちは取り留めのない話をした。バニラは冷たく保たれているので、のぼせる心配はしなくてもよかった。
話はやがて、巷を賑わせている殺人事件に及んだ。若い女性ばかりが狙われ、被害者はみな、全身に百以上もの切り傷を負って殺されるという、凄惨な猟奇殺人だ。内容が内容だけに、あまりその話はしたくなかったが、男は熱心に語る。
そしてわたしは気がついた。男の目が全く笑っていないことに。
まさか、この男が殺人犯なのか?
ごくり、と唾を呑み込む。その音に反応して、男がわたしの顔を覗き込んだため、目が合った。男の顔から表情が消えた。緊迫した沈黙が流れる。
何秒の間、膠着状態が続いただろう。
「お兄さん。あなた、もしかして、猟奇殺人事件の犯人?」
ぎゃあっ、とわたしは叫んでバニラ風呂から飛び出した。そのまま浴場から出る。脱衣所で素早く体のバニラを拭い、同様の素早さで衣服をまとい、銭湯から出る。
「わたしはやっていない! わたしはやっていない!」
声の限り叫びながら、町を全力疾走する。足がもつれそうになるが、それでも走る。
「わたしはやっていない! わたしはやっていない!」
走り疲れて足を止めた。呼吸が落ち着くのを待って顔を上げると、いつの間にかゲームセンターの中にいた。機械から流れる音でやかましいが、客は誰もいないようだ。いや、銭湯でのケースを考えると、どこかに潜んでいる輩がいるのか。
勝手にしやがれ。
心の中で呟き、モグラ叩きをプレイしようとしたが、専用のコインが必要らしく、作動しない。
「――くそったれ!」
腹立たしくなり、台を蹴飛ばす。途端に、台に穿たれた穴からプラスチック製のモグラが頭を突き出したり引っ込めたりし始めた。
わたしはハンマーを掴み、一心不乱にモグラたちを叩き始めた。モグラが一匹も外に顔を出さなくなるまで叩いた。スコアはまずまずだったと思う。
プレイを終えた直後は爽快感と達成感があった。しかし店を出た時には、徒労感と虚無感が色濃かった。なぜ短期間でこうも気持ちが上下するのか、自分でもよく分からない。こんなことは今まではなかった。
「……死のう。自殺だ、自殺」
わたしは無人の町を歩き始めた。刃物を調達しよう。スーパーマーケット、ホームセンター、百貨店。買う店はどこだっていい。
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