今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

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第四部

第一章:05

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・・・


「ノー・フェイス……!」


ホオリたちを守るため、単眼の戦士はフェイスダウン総帥を巻き込み、ビルの中へ
突っ込んでいった。今も、両者が激突する音が鳴り響く。

一瞬追いかけそうになるが、腕の中の重みにはっとなって視線を降ろす。


ホオリの腕の中で、苦しげに喘ぐ彼女のたった一人の姉――ホデリ。
存在を知ったのはつい先日、出会うのは今日が初めてだが、自分と
瓜二つなその容姿は彼女が血を分けた肉親であることをいやおうなく
つきつけてくる。



ほんの数分前まで、憎しみと絶望に彩られた声音でホオリを、そして
ノー・フェイスに怨嗟を撒き散らしていたホデリ。
今は……無力にも苦しみ、玉のような汗を浮かべて悶えている。



自分と同じぐらい小さなその身体を、ぎゅっと抱きしめる。
ついさきほどまで底知れない悪意をぶつけてきた少女だが、
今は途方もなく、痛ましい。


触れた箇所から伝わる小さな震えは――苦痛に寄る痙攣だけでなく、
恐怖に寄るものだ。彼女の心が抱きしめた身体から伝わる気さえする。


生まれてからずっと、暗がりに囚われていたという彼女。
底知れない悪意を口にしながら、ほんとうは……心のうちでは、
こうして怯え続けていたのだろう。いつか自分が用済みとして
処分される、この日のことを。



「無事か、お嬢ちゃん」
PCPの隊員が声をかけてくる。何度か施設内でも見た顔だ。
うなずき、彼に喘ぐホデリを渡そうとするが――


「……うおっ!?」
びきっ、と音をたて、隊員がホデリに伸ばした手に石くれが
まとわりつく。慌てて手を引っ込めるとぼろぼろと崩れ落ちるが……


「今のは……」
「……たぶん、彼女の中にいる精霊が、暴走している……」

二人して愕然とした顔でつぶやく。彼女が苦しみ始めたのは、あの
総帥と名乗る仮面が現れてからだ。


おそらく、彼女はあの総帥に逆らうことができないよう、何らかの
仕掛けを施されていた。その呪縛に、ホデリの中にいる精霊――
"地の精霊"ベヒーモスが、全力で対抗しているのだ。

よほど強い呪いなのだろう。尋常ならざる力を持つ精霊でも、
敵味方の別なく拒絶する結界を張ってなおここまで苦しんでいるのだ。
これでは、同じ精霊を宿したホオリ以外の者では触れることもできない。


「……とにかく、今は君だけでもこの場から離れてくれ。
 ノー・フェイスが足止めしている今のうちに……」
「……それはできない」


ぐっ、と決意を込めた声で反駁する。


抱く腕に力を込めて、前方を睨みつける。
ホオリはずっと――いろんな人に守られてきた。

両親に。アルカーに。……ノー・フェイスに。

ホデリの言うとおりだ、と思う。ホオリは恵まれてきた。
だから――今は自分が、彼女を守る番だ。



轟音を立てて、ビルが沈んでいく。
胸の奥が痛む。中にいるノー・フェイスは無事なのだろうか?
いますぐに確かめに行きたい。そんな衝動を押さえ込むように、
ホデリを強く強く抱きしめる。


瓦礫が、もうもうと巻き起こる土ぼこりへと沈んでいく。
ビルが崩れる風圧がホデリの顔にふきつけ、思わず目をつむる。


「う……!?」


先ほどの隊員がうめく声が聞こえる。だけでなく、周囲で警戒していた
PCPの人たちが警戒を深めた気配が伝わってきた。


顔にまとわりつく砂を振り払い、なんとか目を開く。
黄色く染まった視界の中で、ゆらりと立ち上がる影がひとつ――



(――!)



その見慣れた仮面の姿は、一瞬ノー・フェイスのものにも見えた。
が、その目に宿る光が赤いことに気づき、全身が硬直する。



「……流石にこの程度でどうにかなると思われるのは、心外だな」



ぼやくように、だが聞いた者全てを威圧するような声でその影が嘯く。
ざしり、と崩れ重なった瓦礫の上に足を下ろし、愚民たちを睥睨する。

……ノー・フェイスの姿は、見えない。


(……ノー・フェイス……ッッッ!!)


ぐっ、と焦燥と恐怖を飲み込み、前方を強くにらむ。
大丈夫、ノー・フェイスは無事なはずだ。もし立ち上がれないほど
手ひどくやられているなら"雷の精霊"が、伝えてくれるはずだ。


彼は必ず、立ち上がる。それまでは――



「……な、よ……」
「……ホデ、リ……?」


苦しげな息の影から、ホデリが呻いてくる。
皮肉げに口の端をゆがめ、吐き捨てる。


「逃げな、よ……ホオリ。逃げれば、いい……
 アンタを守ってくれる、英雄ヒーローは、いないし……
 私なんか置き去りにすれば、いいだろう……?」
「……できないよ」


その言葉のとげとげしさに反して、彼女の声から険はとれていた。
……ノー・フェイスの捨て身の行動が、彼女の心から角を多少なりとも
取り除いたのだろう。


ノー・フェイスは……やはり強い。戦闘力のことではない。
誰かを守ると決め、それを成し遂げると決めたなら――必ず、やり遂げる。


あんなに憎悪に染まっていたこの少女が、今は穏やかな顔をしている。
なら――自分だって。ホオリだって、ノー・フェイスに守られた人間なのだ。



自分の姉を――なんとしてでも、守ってみせる。



「悲壮な決意だな。だが――」



そんなホオリの決意を嘲笑うように、フルフェイスが軽く腕を広げる。
ただそれだけで、不可視の衝撃波が広がり――


「ぐっ!?」
「うぉっ……!?」


まるでなぎ払われるように、PCPの面々が吹き飛ばされていく。
かろうじてホオリは、雷の精霊の力で防ぐことができたが、
彼女たちを守る者もいなくなってしまった。




「………ッ……! だから、言った、ろう……
 早く……」
「……ダメ。ノー・フェイスは、貴女を守った。
 私も……守るよ、姉さん」


その口をふさぐようにぐい、と身体を引き寄せ、たたずむ仮面を強くにらむ。
相手はその視線を受けて、どこ吹く風と言う風情だったが。



「……雷の精霊を宿した者か。もはや、おまえの役目はないに等しいのだが……」
「そうやって……自分に役立つか、どうか。そんな目でしか、
 周りを見ていないというの!?」


ホオリにしては珍しく、怒りをあらわにして叫ぶ。
そんな彼女を見つめて少し間があき、ややあって答える。


「……ふむ。そう問われれば、そうなるやも……しれぬのか。
 言われてみれば、そういうところがある」
「何を、他人事みたいに……!」


くい、と顎に手をあて、少し思索にふけるかのようにこちらを眺める総帥。


「……そもそもが、私の成り立ち自体が"役目"をもって在るものだ。
 ゆえにこそ、生まれた以上、役に立たせねばならぬと……
 そう思うきらいが、どうにも私にはあるようだ」
「何を……」
「だが……人と言うもの自体、そういうものではないかな。
 何かの役に立ち、誰かの役に立ってこそその価値を認められる。
 それは……この世界に在るかぎり、変わらぬだろう」


けむに巻くようなことを口にする仮面。その超越した物言いが、
どうにも癇に障る。


「おまえに価値がなくても、私たちには価値がある」
「……」
「勝手な理屈で、奪おうとしないで。私たちから、何もかも!」


視線が矛になって突き刺さればいいのに、という気概でにらみつける。
それに動揺したわけではないだろうが、不思議とその仮面は
留まり動かない。


「……勝手な理屈、か。まあ……確かに、そうかもしれん。
 だが、貴様らが己を御せていればそもそもが……」
「……なにを言って?」
「……いや……もとより、それが勝手な理屈、ということか。
 まあ……そうだな。おまえの言うことは、正しいだろう」


口でそう認めながら、引くつもりはさらさらないらしい。
ざしり、と歩をこちらへと進めてくる総帥。


「……だが、私が与えたのだ。それを扱うに相応しくないと判断する
 権利も、私にあるはずだろう」
「……なんの話?」


すこし当惑して問い返す。が、それには答えるつもりはないらしい。


「いずれにせよ、その娘の役目は終わった。あとは……
 その身に宿した"地の精霊"。それを返してもらう」
「渡さない……! おまえには、何も!」


ばり、と身体から雷光がほとばしる。
ホオリの感情に呼応して、雷の精霊が二人を守ろうとしているのだ。

だが、力のほとんどはノー・フェイスの側に移っている。
戦闘に疎いホオリでも、目の前に立つこの怪人物がただものではないと
肌でわかる。そもそもノー・フェイスを圧倒して今この場にいるのだ。


ホオリでは、勝てない。


(どうすれば……!)


気丈にかまえながらも、心の中ではぐるぐると思いが駆け巡っている。
雷の精霊も、答えてはくれないが――


「……馬鹿、な娘だね、ホオリ……」
「……姉さん……」

くっ、と笑い、ホデリが顔をゆがめながら笑う。

「勝てっこないよ、アンタじゃ。アレは……化け物だから」
「わかってる……」


姉を掴む指が、震えるのを抑えられそうにない。
それでも。


「……私が、勝てなくたっていい……
 だって、ノー・フェイスが……彼らヒーローが、必ず倒してくれるから」
「……そう」


その言葉が彼女にどのように響いたかはわからない。だけども
いままでにないほど優しい声音で、彼女は頷いた。


「……じゃあ……それに、賭けてみようか?
 あの無表情な英雄さんが、助けてくれるってアナタの希望に……」


・・・


「ぐっ……!!」

ぼこり、と最後の瓦礫を跳ね除け、地上へ躍り出る。
ビルの支柱を破壊させ、その瓦礫にフルフェイスを押し込めるという
作戦だったが――結果的に、あまりうまいものだったとは言えない。


瓦礫が降り注ぐなか、あの総帥は滑るようにその衝撃を受け流し、
あまつさえ掴み抑えるノー・フェイスに痛打を叩き込む余裕さえあった。

結果として、ノー・フェイスはビルの瓦礫の奥ふかくに沈み込み、
フルフェイス一人が先に脱出してしまったようだ。


失策だが、それを悔やむ余裕などない。
手遅れでないことだけを祈り、周囲を見渡すが――


「……ホオリ、ホデリ!!」


叫ぶ。彼女たちはフルフェイスの目前で、座り込んでいる。
呼び声にその双眸がノー・フェイスに向き、ホオリとホデリが
強い決意をその視線に載せてよこす。


「……ノー・フェイス。信じてる。
 信じて、待ってるから――」
「な……」
「……何をする気だ?」


その決意にノー・フェイスは慄き、フルフェイスはいぶかしむ。
刹那、ホオリの胸が光輝き、ホデリの身体から岩塊があふれ出す。


雷光と岩塊、二つの力が渦を巻いて姉妹を包み込む。


「むッ……!」
「ホオリ……!!」


激流のように、嵐のように暴れ狂ったあと――精霊の力は安定し、
二人を包み込む光の殻を生み出していた。


「……なるほど。敵わぬと悟って、防護に全力を割いたか」
「――触れるなッ!!!」


だっ、と駆け出しその背に蹴りを放つ。が、あっさりとつかまれ、
投げ飛ばされる。


「そう急くな。どうやら、この二人……覚悟を決めたようだな。
 成熟もしていないというに、たいしたものだ」
「何を……」


さきのビル倒壊もあわせ、強い衝撃に全身が思うように動かない。
そんなノー・フェイスを尻目に、フルフェイスが手をかざすと
ホオリたちを包んだ殻が、宙に浮かぶ。


「おまえが……おまえたちが、必ず助けに来ると、そう信じて
 守りに徹したようだ。――彼女たちを連れ去る、この私のもとに
 おまえが来ると、信じてな」
「……ッッッ!!!」


震える両足に叱咤をかけて立ち上がろうとするが、フルフェイスが手を振ると
衝撃波が地をすべり、打ちのめされて崩れ落ちる。


「……フフフ。そう急くな、と言ったろう。
 お前たちは本当によくやっている。この私の想像以上に。
 ――ここまできたのだ。どうせなら……我らの決着は、
 相応に盛り上がらせようではないか?」
「ふざ……けるなッ……!」


怒りに声を震わせぶつけるが、総帥はかえって面白がったようだ。
光の殻と共に、ふわりと宙に浮かぶ。


「人類が滅びるかどうかの瀬戸際なのだ。戯れでその結末を
 彩るのも……悪くはあるまい?
 重畳なことに、おまえの片割れも我らの喉もとまで食い込んでいるようだ」
「……アルカー……ッッ!」


この場に姿を見せない相棒の名を口にする。
そういえば、PCPは来たのに彼が来ないのもおかしい。
彼は彼で、フェイスダウンを相手にしていたのか。


「私は、フェイスダウン総帥フルフェイス。
 ゆえに、その本拠で貴様らを待つとしよう。天空に浮かぶ……
 "ヘブンワーズ・テラス"にて、な」
「待て……!」


うなりながら手を伸ばすが、虚しくも届かない。
そんなノー・フェイスを嘲笑うように哄笑しながら、フルフェイスと
ホオリたちは空へと上昇し、彼方へと消え去っていった――


・・・

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