今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

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第一部

第一章:05

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・・・


「バカな、バカな、バカな……ッ!」
隊長格のフェイス――今や部下は一人だけだが――は、走りながら
狂ったようにつぶやき続けていた。


敗走。見事なまでにみじめな敗走だ。雷久保番能こそしとめられたが、
その感情を奪ったフェイスを含め数十体が機能停止。雷久保の研究成果も
奪えず、アルカーも倒せずじまい。

だがなにより。

「フェイスに、裏切りものがでるなどッ――!!」

ありえない。ありえないはずだ。そんなこと――。
今、このフェイスは生まれて初めて感情を手に入れたことを後悔していた。
死の恐怖さえ尊く感じた己が、未知の感情に恐慌している。


混乱。認識の埒外の事象に、感情が定まらず暴れ狂っている。
とほうもなく気持ち悪いその感情に全身を支配されながら、夜の闇を走り続けた。


・・・


「……」
夜の激戦は、終わるときにはあっけなく終わった。


フェイスの裏切りという、アルカーにも理解しがたい出来事に残ったフェイスたちは
あっさりと逃走を選んだ。もはやアルカー自身にも、彼らを追う気力はなかった。
それよりも――残ったフェイスに心を奪われていた。

「……」

そのフェイス――"ノー・フェイスNoFace"は、少女を抱えたまま
ゆっくりと近づいてくる。
アルカーはそれを身構えることもなく待つ。


「……大きな怪我はない。だが、傷口を洗い手当てをしてやらないとならない」

間近で聞くその声は力強く流麗で、無骨でありながら優しげですらあった。

「……後は、頼む」

つい先ほどまで殺しあっていたというのに。アルカーがそうすることを疑いもなく、
少女を差し出してくる。むろん、アルカーもそれを受け入れる。

「おまえは……何故……」
「オレはフェイスじゃないノー・フェイスフェイス奪う者にはならない」

それはこちらの疑問に答えているようで、答えてはいなかったが。
何かが吹っ切れたかのように魂のこもった言葉に、それ以上聞く気にはなれなかった。


少女を手渡すその瞬間だけ、少しさびしげな気配が伝わってきた。
動きもしない仮面の顔だというのに、そんな表情だった気がしたのだ。錯覚だろうが。



精悍な身躯が、闇へと消えていく。
引きとめねばならない、と頭では理解していたが一歩も動けない。
ただ、腕の中で息づく少女の暖かさだけが戦いが終わったことを実感させてくれた。



……遠くから警ら車のサイレン音が響いてくる。


・・・


フェイス戦闘員1182号は――いや、ノー・フェイスNoFaceは不思議と
さばさばした心持ちだった。


大変なことをしでかしたものだ。フェイスダウンはけして自分を許さないだろう。
すぐにも追っ手がかかる。
アルカーたちも、自分を見逃す保証はない。仲間割れとして放置するか、
最悪まとめて排除される可能性もある。


だが、これ以上組織に加担するのはごめんだった。


生きる屍となった雷久保夫妻の姿が思い浮かぶ。
感情を奪われ、息も絶え絶えになった少女の姿を思い出す。

自分自身がやったわけではない。だが自分が何もしない間に、同胞たちが
彼らから奪いつくしたのだ。
そのことに思いを馳せると暗澹たる気持ちになる。


「アルカー・エンガ……」
やっとわかった気がする。
あの男の戦いを見続けて、去来した思い。それは守る者の崇高さに、感銘していたのだ。
それは奪うために戦うフェイスたちよりも、尊いものに見えた。


ああ、だからなのか。


だからアルカーはけして倒れることはないのか。倒れたら、奪われる人たちがいるから。
アルカーは、怯まないのだ。


――気配を感じて、胡乱げに背後を見やる。

無数の赤い光。フェイスの、光眼。

「早かったな」

コンディションは最悪だ。アルカーに蹴られた胸部は未だ再生せず、
激戦の疲労が蓄積している。


だが、負ける気がしない。
「さあ――かかってこい。
 今夜のオレは、生まれ変わった気分だ」


・・・


「――怪我は大丈夫か?」
「ええ。もとより、怪我らしい怪我はありませんから」


CETの本部。人類最先端の技術力を集めたその施設の集中治療室の前で、
火之夜は御厨と共に夫妻を見守っていた。



「……報告は見ている。昨夜は、今までの中でも特に激しい戦いだった。
 色々なことも起こった――
 おまえには無理にでも休んでいてもらいたいのだが――」
「俺も自分の限界はわきまえています。ですが――今は貴女と話していたい気分なんだ」

職務用の口調から、普段の砕けた口調へと切り替える。
実際のところ、今のまま一人で休んでいてももんもんとしてしまっただろう。
今夜あったことを誰かに話したくてたまらなかった。

「……雷久保氏のことは仕方なかった。間に合わなかったのはおまえじゃない、
 私たちだ。――おまえが気に病むことではないんだぞ」
「あの姿を見たらそうも言えないさ。……特に、顔見知りだとな」


今、雷久保夫妻は専用の延命装置につながれ、治療をうけている。
治る見込みのない治療だが。


世間では自発性喪失型遷延性意識障害――"無感情型植物状態"などとも
呼ばれている症状だ。
脳神経外科学会が定める植物状態の定義におおむね合致するが、
脳やその他の臓器に損傷が認められず正常な応答が可能な患者を、そう呼称している。


むろん、原因はフェイスたちに感情を奪われたためだ。彼らはどこも悪いところは
ないのだが、空腹や尿意などの欲求にすらなんの感情も示さず自発的には
何もしない状態だ。
食事すら介助しなければ死ぬまで行わない。特に雷久保夫妻のように重症だと、
そのレベルにもっていくまで機械で生命活動を維持しなければならないありさまである。


いずれ、公表しなければならない。
御厨たちはそう言うが、治療法もなくフェイスたちに有効な対処手段も
確立していない現状では発表のしようがない、というのが実情でもある。


「……十二年前、か……」
何かを耐えるように目を細め、御厨がつぶやく。彼女にとっても、
そして俺にとっても切り離せない痛みが、あの日の思い出にある。


「あの時、おまえは夫妻が持ち出した"炎の精霊"に見出され、アルカーになった。
 ――いまさらだが、もずいぶんと酷な奴だ。
 当時小学校を卒業するかしないかの少年に、こんな戦いの道を強要したんだからな」
「自分で修羅の道を選んだ中学生がいたからな。どうということはないさ」


茶目っ気をかもして火之夜の胸をつつく御厨に、皮肉めいた笑みで返す。

「……雷久保博士は、泣いていた。すまない、すまないと――
 少年だった俺を巻き込んだことをわびていた。だから俺は――
 彼らを守りたかったんだ」
「……私は、おまえをこんな道にひきずりこんだ彼を恨んでいたがね」

作戦本部長ともあろうものが言う台詞ではない。
まあ、火之夜以外がいれば言わない台詞でもあるが。

「――それで、彼女の方は――」

ちらりと横目で御厨を確認しながら慎重に問うと、やはり沈痛な面持ちで
まぶたを閉じる。


(なにがおまえには休んでもらいたい、だか)
普段は、冷血やら鉄血などと噂されるほど淡々と話す御厨だが、
感情を押し隠しているにすぎない。
今こうして二人きりのときに見せる表情を見れば、彼女がどれほど心痛を
抱えているか窺える。

(貴女こそ、休んでもらいたいものだがな……それも、難しいか)
まったくヘビィな職場だ。

「――幸い、おまえのおかげで彼女は重症患者にはならずにすんだ。
 日常生活も問題ない。介助も必要ないだろう」

一見良いことずくめの言葉を並べる彼女をちらちらと見つめ、言いづらいことを促す。
諦めたようにひとつため息をついて、続きを話す。

「……だが、後遺症が残った。
 感情表現が、著しく乏しい。苦しいだとか、悲しいだとか、あるいは嬉しいだとか。
 そういった感情がひどく希薄なんだ」
「希薄……」
「失われたわけではない。ただ、ひどく弱くなっているだけだ。
 面白いと思えば笑うこともある。ただ……
 両親の姿を見ても、ほんの少し眉をしかめるだけだ」

天を扇ぎながら、昨夜見た彼女の姿を思い出す。
彼女は怯えていた。父母の末路に涙をこらえていた。それは哀しい姿だが、
自然な姿でもある。
今は、その悲しみさえフェイスたちに奪われてしまった。


「世間には心的外傷による精神障害、としても通るだろう。
 ――だが残念ながら、日常生活に復帰させることはできん」
「まあ、フェイスに嗅ぎつけられるだろうしな……」
嘆息する。


フェイスはあちこちに潜んでいる。本当なら学校にだって通わせておきたいが、
教育関係者にフェイスがいないとは言い切れない。

「フェイス――フェイス、か。それも気になる話だ。
 ……フェイスに裏切り者がでるとはな」
「……ああ」


実のところ、いま火之夜の心をかき乱しているのはあの仮面の離反者のことだった。


自分を追い詰めた強敵。少女を守り、同胞に牙を剥いた裏切り者。
あれは一体、何者だったのか。何を考え、行動したのか。

「目下のところ、あのフェイスの行方を捜索させている。
 現状一連の事態が何を意味しているのかは結論できない。
 最悪、お前の警戒を解くための茶番という可能性も否定できない」
「根拠はないが――俺には、そうは思えない」

言葉のわりには強い口調で断言する。
そう、あれが演技だったとは思えない。気まぐれ、あるいは故障だとも思えない。

それほどまでに、彼からは力強い意志を感じたのだ。



「――いずれにしても、アレは重要な情報源となりうる。
 仲間割れしましたやったー、で済ますわけにもいかん。リスクをおってでも、
 保護する必要があるやもしれん」
「保護、か……逆なのかもな」
「なに?」
「いや……」

あのフェイス。いや、ノー・フェイス。
あの仮面は、人々を"保護"するために、反旗を翻したと言っていた。
もしその言葉が真実なら――

「――奴はどこかで、フェイス狩りをしているかもしれない」
「……フェイスがノー・フェイス狩りをしているのではなく?」
「どっちも同じことかもしれないがな。なんとなくそんな気がするよ」

おそらくは、お互いにお互いを狩ろうとしているのだろう。
ノー・フェイスはあの膨大な数のフェイスたちを、たった一人で迎え撃っているのだ。
自分が、そうであったように。


「……手遅れになる前に見つけないと」
「それはお前の仕事じゃない」

御厨が職務用の強い言葉で釘をさす。その様子があまりに必死に映って
思わず噴出してしまう。

「そんな心配しないでくれ。俺だって、自分一人でどうにかしているとは
 思っちゃあいない。
 ほのかさんや、他のスタッフたちのおかげで戦えている。わかっているよ」
「……名前で呼ぶなって」

憮然とした表情で視線をそらす。首から提げた、場違いに子供じみたストラップ
――男子中学生がお土産に買うような奴だ――が、ちりんと音を立てて揺れる。


「それに、俺は単に戦闘が得意だから戦闘を担当しているだけだ。
 人探しなら、例えば虎羽とかに任せて――」
「ほいほーい! 呼んだ? 呼んだ!?」


重い空気をぶちこわして、金色のポニーテールが飛び込んできた。
否、飛び込んできたのはポニーテールの持ち主だ。

「桜田虎羽ちゃん、呼ばれて飛び出てあい参上つかまつった!
 失せもの探しもの、なんでもおまかせだよッ!」
「……まあ得意だよな、そういうの。おまえ」

飛び込んできた勢いそのままに人の首にしがみつき、ぐるんと一回転する
その女性にがっくりと肩を落としながら答える。


桜田虎羽、CETの偵察部隊の新進気鋭のエースだ。自分より二つ年下だが、
スカウターとしての能力は軍人顔負けとも聞く。


「桜田巡査。帰還していたなら報告してくれ。
 それと病棟では静粛にな」
「はーい」

先ほどまでの気が抜けた態度はどこへやら、女史モードの鉄面皮で虎羽をたしなめる。
しかし、どうも彼女は特に虎羽にたいしてやたら事務的になることがある。
あれで趣味の話などはよく盛り上がっているものなのだが……


ちなみに、CETは既存の行政組織と隔離されていること、またプライバシー隠蔽のため
階級は用意されていない。虎羽が警官出身なためか、時々御厨は巡査と呼ぶ。
……そういえば、自分以外は御厨が虎羽をそう呼んでいるのを
聞いたことがないともいうが……


「でもねぇ、二人してそんな辛気くさーい顔で病室の前にいるのも、
 どうかと思いますよ?
 病人だって、自分たちみてそんな顔されたら気分よくないですって!」
「む……」


言われて気づく。
ここの病人は全員フェイスに襲われたものだ。だから感情などない。
――それが当たり前すぎて、病人を気遣うということを
しなくなっていたのかもしれない。

「――おまえはなんだかんだいって、優しい奴だよ」
「だしょ? でしょ??」
「……では、病人に気遣って静かに退室するとしようか、桜田巡査、火之夜」

俺と、わしわしと赤髪をいじくってくる虎羽にやけにぴりぴりした声でうながす
ほのか――御厨女史。


なんだか、少しイライラしているようにも見える。
やっぱり、疲れているのだろうか?


・・・

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