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第一部
第二章:03
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「お、やほー。待ちくたびれたよー」
「遅れてすまん」
慎重に大型バイクを停車させ、ヘルメットを脱いで待ち受けていた相棒――
桜田虎羽のもとに歩み寄る。
「いやー、いいねぇいいねぇ。やっぱツザキのXinobiシリーズはかっくいいねぇ。
がたいのいいひのクンが乗ると、赤いボディが映えてさまになるねぇ」
「……早くて馬力があるのはいいが、運転が難しいぞこれ」
渋面をつくりながら愚痴をこぼす。そもそも、この大型バイクを与えたのは
ほのか女史であるが後押ししたのはこの目の前の女性でもある。
中型二輪は訓練課程で取得していたものの、それ以後乗る機会はなく
ペーパードライバーだった。
そこにいきなり大型バイクに乗れ、と命令されたため大急ぎで大型二輪の免許を取得、
必死に運転を覚えている最中だ。常人ならぬ膂力で制御に苦労しないのは助かるが……
「なぁに言ってんの! NX-6Lは600CCを越える排気量に低速でのトルク確保も
じゅうぶん、最先端の電子制御技術で路面状態を5/1000秒で精査して
適宜調整してくれるから、初心者にも安心な一台なんだよ!?」
「何を言っているかさっぱりわからん」
そもそも初心者に大型バイクを勧めること自体いかがなものか。
「素直で乗りやすく、それでいてエンジンをぶん回せば高出力高回転の誘惑が
バイカーをまどわせる! レースで培った技術をおしげもなく注ぎ込み、
粘りある旋回性能と鋭い加速力が、まるで甘いマスクで女を誘い
引きこんだ相手をイケナイ道へと引きこむ危ない男のよう……! ああ、たまらん」
「こっちもたまったもんじゃないが」
つい得たいの知れないものを見る目つきになってしまうが、
本人はまるで気にしていない。
ちなみに、ほのか女史に抗議した際もだいたい似たような有様だった。
この二人は共に大型バイク乗りで、たまの休みには二人して
どこかへ連れ立っているらしい。
……一度、ひきずり回されたこともある。あの日のことは思い出したくもない。
「しょうがないにゃあ、また今度手取り足取りXinobiの魅力を教えてあげるとしよう。
フフ……」
「全力でお断りする」
「――ま、そんな話は次の日曜日にでもおいといて、今はお仕事の話ね」
「いや、そんなところに置かないでくれ……んん。ノー・フェイスの足取りが知りたい」
辟易しながらもなんとか意識を切り替える。
すでに聞いたとおりの話ではあるが、フェイスが起こした戦闘痕をたどり追跡中だ。
フェイスの戦闘は夜陰に乗じて行われ、なかなか現場をおさえることは難しい。
偵察員が総出で痕跡を探し、ようやくここまで追いついたというところだ。
「――今、本部では進行ルートの予測が行われてるわ。私たちはその予測をもとに
先行して精査している最中ね」
「このあたりは以前に調査は?」
「したことないよ。特に妖しい点もなかったし」
人員の不足は何も戦闘面だけではない。フェイスの広範な活動範囲に対し、
どうしても斥候の数も足りていない。
地図を見やる。何の変哲もない、市外だ。点在する川と山に挟まれ、
流通業者が通る高速道が谷間を越える。
牧歌的というほどではないが、自然が多く道路以外では手付かずの土地も多い。
――あるいは、隠れる場所もあるのかもしれない。
「これから私たちが得た情報をレクしていくよ。準備はいい?」
「ああ」
趣味の話では手がつけられないが、職務に対しては彼女の能力は随一だ。
きゅぽっ、と口でマーカーのキャップをはずし、広げた地図へ書き込んでいく。
ノー・フェイス。今、おまえはどこにいる?
・・・
「――今戻った。火之夜はどうした?」
「おかえりなさいませ、本部長。現在は桜田偵察員と合流しレクを受けています」
オペレーターの女性が振り向き現況を報告する。CETでは階級がない関係で
おおむね兵科かコードネームで呼び合うことが多い。
「フェイスの動きは?」
「現在、周辺地域で散発的な戦闘の痕跡を確認。最新のもので十二時間前です」
「近いな」
腕時計で現在の時間を確認し、それが午前五時のものだと逆算する。
フェイスの行動原則は隠密だ。あれだけの戦力を有しながら、人間社会に
その正体をさらすことを好まない。フェイスにしろノー・フェイスにしろ、
行動するのは夜間だけだ。それを考えれば、かなり近い範囲まで絞り込めている。
「これまでの奴らの行動を考えれば昼間にことは起こすまい。
が、今回の事案が例外中の例外だということをかんがみれば油断はできん。
ノー・フェイスの進行予測ルートをだしてくれ」
「現在、以下の三ルートが有力候補です」
正面にある大型モニターに衛星地図が映し出され、それぞれ赤・青・黄色のラインがひかれる。
目を細め頭の中で精査する。
「……青のルートは市街地を縦断している。ここまでのルートでは人口密集地は
できるだけ避けていたし、アルカーの報告どおり奴が人間の保護を
目的としているなら、選ばないだろう。
ここを選ぶなら全ては芝居の可能性が高くなる、優先度を下げてくれ。
赤のルートは……確か、線路敷設予定地で、何度も鉄道会社が調査に立ち入っている。
可能性は捨てきれないが、フェイスダウンのアジトがある可能性は低いと見ていい」
「……では、黄色のルートが?」
「可能性としては一番高い。人員はここに集中、他ルートの精査は最低限でいい。
偵察員の調査を待つ間、アルカーにはこの地点で待機させろ」
即効で決断し、指示をだす。正直なところ、なんど繰り返しても決断することには慣れない。
今あげた根拠とて、例外はいくらでも思い浮かぶ。
しかしアルカーが一人しかいない以上、可能性が高いところを優先するしかないのだ。
指揮官の役目は、その「ひょっとしたら正しいかもしれない」ことを、
さも自信たっぷりかのように命令することだと、ほのかは理解していた。
本気で隠匿したフェイスたちは発見するのが非常に困難だ。見つけるなら、
彼らが戦闘を始めたその瞬間に駆けつけるしかない。
こんな時火之夜に持たせた大型バイクは非常に便利だ。我ながらよい選択をしたと思う。
なぜか本人は妙にうろんげな視線を絡ませてきたが、桜田ももろ手をあげて
賛同してくれたので、間違ってはいないはずだ。たぶん。
「あッ!? ちょ、ちょっとホオリさん! ダメだったら……!?」
その他の細かい指示を出していると、後ろの扉から慌てたような声が聞こえてくる。
振り向くといつの間に扉を開いたのか――フェイスの毒牙にかかった少女、
雷久保ホオリの姿が、そこにあった。
「――あッ! み、御厨本部長……その……」
後ろからばつが悪そうに現れたのは部隊のカウンセリングを担当している
小岩井須久那医師だ。重症ではない者の医療も兼ねている。
仕事自体はそつなくこなすし相談員としての資質もあるのだが、
どうにもそそっかしいところが目につくのが困りものだ。
どうやら今回も、施設内をうろつく少女を見失っていたらしい。
少し目線に非難するものをこめるとヒッと首をすくめる。
あまり責めても可哀そうなので視線を外し、少女の前にかがみこむ。
できるだけ柔らかい笑みを浮かべて、優しく語り掛ける。
「どうした? 何か、気になるものでもあったか?
見たいものがあったら、言ってくれ。案内人をつけよう」
その言葉は必ずしもなだめるためのものではない。
この少女は中途半端に感情を奪われた。笑みも悲哀もほとんどが
場当たり的なものであり、両親の姿にさえさして深い感情を見せない。
だが、裏を返せばほかの患者と違いまだ感情が残っているのだ。
ならば積極的に刺激を与えれば、回復の見込みがあるかもしれない。
機密だらけの本部内を歩き回られるのは都合が悪いが、それが
好奇心からくるものだとすれば喜ばしいことだ。
そう思っての台詞だったのだが――
「――西にいる」
「……なんだって?」
突然の言葉に面食らう。意味がわからず、無遠慮に聞き返してしまう。
「彼は、西にいる。傷ついて、じっと隠れてる。
急がないと、もうもたない」
「――それは、誰のことだ?」
尋常ならぬその雰囲気にやや表情を引き締める。この娘は何を言っている?
だが、本人はこちらの言葉など聴いていないようだった。いや、そもそも
意識がはっきりしているかも怪しい。まるで夢遊病患者だ。
だが、その言葉はうわ言には聞こえない。うつろな顔から、
声だけがはっきりと流れ出る。
「あの人。私を助けてくれた、あの人が苦しんでいる」
「アルカー……のこと、か?」
「ちがう」
その言葉に、確信する。
「ノー・フェイスのことか」
少女は黙して語らず、モニターの地図上を指差す。
「彼はあそこにいる。彼の居た場所を目指している」
なぜこの少女にそんなことがわかるというのか。
いまや、オペレータールームの全員が彼女に注目している。
その視線を一身に受けても、彼女は怯むことなく語り続ける。
「――"鳥"が、そう言っている」
「鳥……?」
まるで夢見がちな少女の言動だ。だが、彼女の目を覗き込んでハッとする。
彼女の瞳は雷光のように、光輝いていた。
・・・
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