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3巻
3-2
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リアベルの街を出発してから三日目の午後。ツグナたちを乗せた馬車は――
「盗賊に出くわした!」
――などといったアクシデントもなく、コウラリアの街に到着した。この街はリアベルの方面から見れば王都に一番近い。そんな地理的条件もあってか、リアベルの街よりも商人が多く見受けられる。人の出入りが多いために、街に入るまでに三十分ほどかかってしまったのも、この街ならではといったところだ。
「だぁ~。やっと着いた……」
不機嫌そうに口元を歪めながら呟くキリアに、リリアは「それだけ街が栄えているという証拠だろうよ」と大人の対応を見せる。
御者の男性に「到着いたしました」と促され、一行は馬車を降りて一軒の宿に入った。コウラリア随一の規模を誇る宿泊所――宵ノ月。宿泊料金を見た瞬間、並の冒険者はすごすごと退散していくほどの高級宿である。
落ち着いた雰囲気の内装もさることながら、細かに掃除の行き届いた丁寧な仕事ぶりが高級たる所以を見せていた。
「ふぇ~……こんないいところ、初めてだよ……」
ピクピクと耳を動かして嬉しげな様子のソアラに続き、キリアも「本当に……」と宿の風格に圧倒されている。
「どんな料理が出てくるか、楽しみね~」
「この落ち着いた雰囲気は私好みだな」
一方のシルヴィとリリアは至って平常運転の様子で、案内された部屋でまったりとくつろいでいる。そんな彼女たちの反応とは対照的に、ツグナはどこか憂鬱な顔を浮かべていた。
「どうした? こんな高級宿に宿泊できることは滅多にないだろ?」
リリアがニヤニヤ笑いながら、ツグナに訊ねる。理由を知っているのにもかかわらず訊いてくる辺り、本当に意地が悪いなぁ~などと思いつつも、「この後に待っていることを考えると、どうしてもね……」と答えるツグナであった。
そんな矢先、不意に部屋を訪れた従業員が、ツグナに告げた。
「御客様、お連れの方が到着されました」
「へっ?」
突然のことに素っ頓狂な声を上げたツグナに加え、他の面々も訝しんでいる。
「お連れって……どういうことかしら?」
首を捻るシルヴィに、「さぁ……」とキリアも疑問の表情を浮かべる。
「ツグナ~。何か聞いてる?」
「いや、聞いてないな……手紙にもそんなことは書かれてなかったし」
ソアラの呼びかけに、ツグナは手紙の内容を思い返して首を傾げた。
「まぁ、何にせよ、行ってみれば分かるんじゃないか?」
リリアの言葉に「それもそうか」と頷いたツグナは、従業員に導かれて宿の玄関へと向かう。
「――貴方がツグナ=サエキね。今から勝負しなさい!」
そんな叫び声が廊下に響いたのは、ツグナが部屋を出てすぐのことであった。
「えぇ~っと……ちょっと状況を整理してもいいか?」
思わずこめかみを押さえつつ、ツグナは呻くように呟いた。彼の前には、同じ年頃の男女がいる。二人のそっくりな顔立ちから、双子なのだろうということはすぐに想像がついた。
正面からそんな言葉を叩きつけてきたのは少女の方だ。一目見て高級と分かるほどに上品なフリルのあしらわれた服を身につけており、ぱっちりとした目に鼻筋の通った顔立ちが特徴的だ。ストレートの金髪を腰まで下ろしたその少女は、左手を腰に当てながらビシッと右手の人差し指をツグナに向ける。獣人であることを誇るように猫耳はピンと立てられ、細い尻尾が足の間から顔を覗かせている。
(珍しいな。獅子族の子がこんなところにいるなんて……)
ツグナは頭の片隅でそんな感想を抱きながらも、状況を整理しようと思考を巡らせる。
獣人族はいくつかの種族に分かれているが、獅子族はその中でも「獣人族の中の王者」と呼ばれる。獅子族は稀少と言われるソアラたち狐人族よりも少なく、獣人族が五割を占めるこの国でも数えるほどしかいない。またこの一族は他の獣人族とは異なり、一定の集落を形成せずに「家族」単位で各地に散らばる傾向がある。そのため家族間の絆が強いことでも知られており、もし傷つけた際には親兄弟から手痛い仕打ちがなされると言われている。
ツグナはシルヴィから、この国の王は獅子族であると聞かされていたものの、これまで本物の獅子族を見たことがなかった。だが少女の姿はまさにそんな獅子族らしく、王者の風格を漂わせている。ただしあまりにも居丈高な態度は、「関わったらマズイ」という印象を抱かせるに十分な威力を持っていた。
その隣には、少女の身体に隠れるようにしてじっとツグナを見つめてくる少年がいる。少女と同じ耳と尻尾を持つ彼だが、生来の気質なのか、こちらはどこかおっかなびっくりの態度である。
(つーか、何で? 今から?)
なんとか状況を呑み込んだツグナは、頭痛を揉み解すようにぐりぐりとこめかみを指圧しつつ、ため息をつく。
今しがた目の前の少女から「勝負しろ!」と告げられた。それは理解できる。言われたという事実は十二分に理解できる。だが――
「なんで?」
と言わざるを得ないツグナであった。
(どうせしょうもないことだとは思うけど……)
少なくともこの少女とは、今まで会ったことはない。接点がないのだから、勝負事を吹っかけられる理由も思い付かない。再び迫り上がったため息を抑え込み、「思い至る理由が浮かばないのならストレートに訊くまで」と開き直った形である。
「えっ……? だってお兄様より強い人なんていないに決まってるじゃない。それを証明するためよ!」
問いかけられた少女は、一瞬キョトンとした表情を見せた後で、有無を言わさずそう断言した。
(んなの、こっちの知ったこっちゃねぇっての)
思わず顔を引き攣らせたツグナに構わず、少女はぞんざいな態度を改めることなく、さらに言葉を紡いでいく。
「フン、この場を設けてもらえたことに感謝するのね。一冒険者である貴方ごとき小物が、私の敬愛するお兄様と戦えるのだから」
(超絶ヤメてくれよ。いいよもう、小物でもさ……)
反射的にそんなツッコミが思い浮かんだと同時に、「コイツ、思い立ったら一直線、を地で行く危ないヤツだったのか……」と、自分がこうなった背景を察するツグナであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
なぜツグナは突如決闘を申し込まれる事態へと陥ったのか。事の発端は一週間ほど前に遡り、かのドS女王のギルドマスターが書き送った、キメラの一件について記した書簡が深く関わってくる。
「……何? それは本当か?」
ユスティリア王国の王都ユズノハ、その中心に位置する王城の広々とした空間に、低く野太い声が響き渡った。声を上げたのは、広間の奥の壇上にある椅子に座る、一人の男だった。そこに腰かけることを許されるのは――この国の頂点に位置する者だけだ。
威圧を込めたその声と、肉食獣を想起させる鋭い視線に、報告する文官は可哀そうなほど肩を窄めて小さくなっている。
「は、はいっ! リアベルの街にあるギルドからの正式な報告です。また、『直接本人から聞き、他の冒険者からも同様の報告を受けた』との記載もあります」
男の声に追い立てられるように、文官の報告は続いていく。
「その者が周りを抱き込み、偽りの報告をしている可能性は?」
「事に当たった冒険者は数多く、全てを抱き込むのは難しいかと。また、冒険者の中にはかの『炎熱の覇者』のレギオンマスターもおります。彼はそういった工作や買収を嫌っていることで有名です」
生唾を呑み込み、所々言葉を詰まらせながらも報告する文官に、この王城の主――現ユスティリア王国国王のガレイドル=ヘルゲイトは「なるほどな……」と静かに納得の意を表した。その呟きによってガチガチに緊張していた空気もようやく緩まり、報告の口調も滑らかなものへと変化していった。
数々の戦を潜り抜けてきた歴戦の覇者ガレイドルは、国王として日々政務に追われる忙しい身だが、その瞳に宿る覇気は全く衰えていない。弛みがなく無駄を削ぎ落とした筋肉。驚嘆すべき報告を耳にしても一切動じない胆力。まさに「獅子王」との呼び名に相応しい姿である。
鋭敏な反応を示したのはむしろ、脇に居並ぶ国王の側近たちであった。
「キメラが現れ――」
という報告に顔はみるみる青白く変化し――
「だが、元凶であるキメラは倒され――」
と続いたところで安堵に満ちた息を漏らし――
「キメラを倒したのは、まだ幼い人族の少年とのことです」
との結びを耳に入れた瞬間、飛び出さんばかりに目を見開いて驚きを露にした。加えて「騎士団は何をやっていたのだ」と苦々しげに呟き、顔を真っ赤に染めて怒る者も見受けられた。
そのように顔を七変化させる重臣たちをよそに、ギュッと手を握り締めて歯を食いしばる一人の少女がいた。
(……違う! そんなの嘘に決まってる!)
ユスティリア王国第二王女――シェルム=ヘルゲイト。彼女は、報告を終えた文官に睨みつけるような視線を投げつつ、内から湧き上がる怒りを必死で抑え込んでいた。一方、その隣で報告を聞いていた双子の弟――第二王子オルヴァ=ヘルゲイトは「ふわぁ……凄いなぁ……」などと、どこか間の抜けた感想を述べるのみである。
「母様、その人って私と姉様と同じくらいの歳なのですよね?」
オルヴァはふと浮かんだ疑問を、すぐ傍の女性に問う。少年の瞳に羨望の感情を見て取った女性は、頬に手を当てながらぽつりと呟いた。
「聞いた限りではそのようね……あの子よりも強いのかしら?」
わずかに首を傾げて答えたのは、シェルムとオルヴァの母、王妃サリア=ヘルゲイトである。
彼女の口から紡がれた言葉からは、緊張感など微塵も感じられなかった。しかし、いつも微笑を浮かべて場を和ませる彼女の生来の資質も、この時のシェルムには効果がなかった。
(そう……そうよ! お兄様より強いのは、この城に仕える者数名と父様だけよ。私と同じくらいの年齢の者が、しかも冒険者風情が、お兄様より強い? そんなこと、あるはずがない。誰が認めようと、私は認めない! 認められるはずがない!)
彼女は知っていた。兄がどれほど武芸に打ち込んでいるのかを。
彼女は何度も見た。訓練の度に父によって散々にしごかれる兄の姿を。
そして、それでも投げ出すことなくただひたむきに努力を積み重ねるひたむきな兄を。
だから彼女は分かっていた。兄の持つ強さも、凄さも、真剣さも。
だから納得がいかない。認めるわけにはいかない。
シェルムは敬愛する兄の姿を思い返しながら、まるで自身に言い聞かせるようにある結論を下した。すると、先ほどまでの激情は急になりを潜め、気付けば前に歩み出ていた。
意を決し、真剣さをたたえる表情を作った彼女は、おもむろに口を開く。
「お父様……」
「何だ?」
文官からの報告を受けて「どうしたものか」と思案していたガレイドルが、声のかかった方へちらりと視線を向けると、彼の娘が真剣な表情で睨むように自分を見つめている。
「その者を、この城へ招待して差し上げるべきではないでしょうか。現時点で私たちが把握しているのは、その者の名前と残したであろう実績のみ。報告を聞くに、褒美を取らせるに足る素晴しい功績と言えるでしょう。しかしながら、やはり直接お会いしなければ……今後の対応をどうすべきか、詳しいことは決めかねます」
「ほぅ……」
要するに、シェルムは「信用ならない」と言いたいのだ。ガレイドルとしても思うところはあるが、シェルムの意見も一理ある。
顎に手を当てたガレイドルに、シェルムはここぞとばかりに切り込んだ。
「もしよろしければ――その者を迎える役目、私に与えて頂きたく存じます」
この発言に、ざわりと広間の空気が揺れた。ガレイドルは威圧を含めた視線だけで場を抑え込むと、「本気か?」という疑念の表情を娘に向ける。
「報告通りの方であれば、確かに私たちが迎え入れなければならない相手でしょう。その者に『ユスティリア王国は存外失礼なヤツしかいないのだな』などという印象を抱かせるのは、他国への示しとしても、我が国の矜持としても、あってはならない事態かと存じます」
淀みなく言葉を並べるシェルムに、ガレイドルは内心舌を巻いた。幼いと思っていたのは自分ばかりで、この娘は見えないところで成長している――そんな感慨を心の内に浮かべつつも、国王としての決断を下す。
「そこまで言うのなら、やってみるがいい。人選はお前に一任することとしよう」
「ありがとうございます……」
父親から出た「お許し」に、シェルムはまだ見ぬ憎き兄の敵の姿を、脳裏に思い描く。
(待ってなさい、ツグナ=サエキ。私がお前の化けの皮を剥いでやるんだから!)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――どう? 本当は貴方に理由を話す必要もないけれど、どうしてもと言うから聞かせたわよ」
ふふん、とふんぞり返る第二王女。延々と「お兄様談義」を聞かされたツグナは、時折「はぁ……」とか「あぁ、うん……」などとまるで覇気のない相槌を打ち続けていた。
「えぇ~っと、要するにその『お兄様』が俺より強いというのを実証するために、勝負を挑んだ……この認識で間違いはない?」
ツグナがそう問いかけると、シェルムからは「当り前でしょ!? 貴方、何を聞いてたのよ?」と呆れるような言葉が返ってきた。
ちなみに彼女の名前については、滔々と語り出す前に聞き出していた。「知らなくとも、貴方はさっさと勝負をすればいいのよ!」と意気込むシェルムに、「だって俺たち、会ったこともないぞ? そんな相手の命令に素直に従うか、普通」と至極もっともな意見を返した結果である。
(「何を聞いてた」じゃねぇっての。はぁ……ったく、この手のヤツはイチイチ確認しないと、間違った方にブッ飛ぶおそれがあるからなぁ~……)
ツグナがそんな想いを抱いているとは露知らず、第二王女はやる気マンマンの態度を崩さない。面倒だからあれこれ理由を付けて逃げようか、とツグナがうっすら考えていると、後ろから声がかかった。
「ったく、いつまでかかってるんだ?」
振り返ると、声をかけたのはリリアであった。呼び出されたきりいつまでも戻らないツグナを心配して、様子を見にきたらしい。
「――っ! 貴方、様は……」
返事をしようとしたツグナの耳が、そんな小さな声を拾う。思わずそちらを見やると、ガチガチに緊張した第二王女の姿があった。
「うん? そちらはシェルム様ではないか。こんな場所まで、ツグナに一体何の用で?」
リリアも少女が誰か気付いたのか、ひどくゆったりとした口調で言葉をかけた。どうやら二人は面識があるようで、そこはかとなく馴染みのある雰囲気が漂っている。
「あぁ。だからさぁ――」
「リリア様からも言ってやってください!」
「……って、へっ?」
ツグナの言葉を遮ってそう告げたシェルムは、憎き「敵」へとキッと鋭い視線を向けたまま、リリアに詰め寄る。
「こんな、私と同じ年の男の子が……お兄様より強いはずがありません!」
刺さるような宣言に、リリアは「あぁ~……」とすぐに状況を把握し――
「とっととケリつけろ」
にべもない判決をツグナに下すのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……で、聞きたいんだけど」
「何だ?」
「どうして俺はここにいるのかな……?」
だだっ広い部屋の中央で、ツグナは乾いた笑い声を上げながら、隣に立つリリアに訊ねた。突然勝負をしかけられてから、既に一時間余りが経過している。流されるように勝負を承諾してしまったツグナは、他のメンバーと共に、シェルムから指定された場所で相手が来るのを待っていた。
「それは、当の本人が一番よく理解していることだと思うが?」
リリアが笑って返した言葉に、ツグナは軽くため息をつく。ここはコウラリアのギルド――その裏に立てられた訓練場だ。ここが今回の勝負を行う舞台となる。
周囲に目を転じれば、ギャラリーが押しかけ、エール片手に開始前から騒ぎ立てている。ここに集まった者たちは皆、今か今かと手ぐすねを引いて、これから始まる「娯楽」を待っているのだ。そんな観客に紛れるように、ソアラやキリアの姿があるのも確認できた。
「それに……あれこれ理由を付けて引き延ばすと、後々もっと面倒なことになるぞ?」
「あぁ、分かってるよ。ちくしょう……」
リリアもシェルムの性格をよく知っているからか、同情を湛えた目でツグナを見つめている。ツグナからすれば「誰でもいい、頼むから代わってくれよ」と願い出たいのが正直な思いだ。だが、事態がここまで整ってしまったのならば、もはや後には引けない。相手が相手であることも考えると、もはや諦めの境地に突入していた。
「にしても……この街にいるヤツらって、ヒマ人ばっかりなのか?」
カリカリと頭を掻き、雑念を押しやるようにツグナは話題を変えた。始まる前から盛り上がりを見せる観客たちに思わず毒を吐いてしまう彼に、リリアは「全く、自分たちが愉しめればいいんだろうさ」とひと言付け加えたのだった。
「で、ものは相談だけど」
待つ時間を潰す間、ツグナは事態を上手く収める解決策の一つを、リリアに提示しようと試みた。
「何だ?」
「ここはうま~く、後腐れなく……勝負にワザと負け――」
「そんなことを、師匠である私が許すと思うか?」
ツグナの口から出た言葉に、リリアは反射的に鋭い視線を投げて寄越してくる。有無を言わさぬその迫力に、ツグナの心はポキリと音を立てて折れた。
「……ソウデスネ」
僅かな望みも断ち切られ、ツグナはガックリと肩を落とす。そんな彼に追い打ちをかけるかのように、正面にある扉が開け放たれた。
「ちゃんと逃げずに待っていたようね! そこだけは見直してあげるわ」
続けざま、既に勝ったかのような甲高い女の子の声が室内に響く。
どこか誇らしげに胸を張りながらシェルムが入場してくる。そしてその横から、彼女と同じ背丈の双子の弟と、頭二つ分背の高い男性が颯爽と現れた。兄ということもあって確かに顔立ちが似ている。だが身に纏う雰囲気には、「気高き若獅子」という表現が相応しいほどの精悍さが宿っていた。
「ではお兄様……よろしくお願いいたします」
シェルムが背の高い男性に恭しく言葉をかけ、頭を下げた。そして次にキツい視線をツグナの方へと向ける。その目を見た瞬間、「どうしてこうなったんだ?」と本気のやるせなさがツグナの身体を包んだ。
「申し訳ないね。妹の暴走に巻き込んでしまって」
どこか萎れた様子のツグナに、背の高い男性は苦笑を浮かべながら謝罪を述べる。
ツグナはツグナで「ホントにアンタんとこの教育はどうなってんだ?」と突っ込みたい衝動を抑えつつ、「兄貴も辛いもんだな」と同情の言葉をかけるに留めた。
「もう何度も巻き込まれたからね。いい加減慣れたよ」
あはは、と渇き気味の笑い声に、ツグナは顔を引き攣らせながらも小さく呟く。
「諦めるなよ……暴走する度に駆り出されちゃあ、身が持たないだろ」
「仕方ないさ。ああいった頑固なところは、きっと父上に似たんだろうな。しかしながら、いつも思うが……どうしてシェルムは私のこととなると、ああも意固地になってしまうのかな? 接している分には、兄思いのよく出来た妹だと思うのだけれど」
うんうんと一人考え込む相手に、ツグナは「コイツ天然か?」と疑う。仮に、妹のブラコンに気付かず心からそう思っているのであれば、再教育モノだろう……と、一度親をシメてやろうかという考えがふと頭をよぎってしまう。
「そう言えば、まだきちんとした挨拶をしていなかったね。ユスティリア王国第一王子――レオバルト=ヘルゲイトだ」
「冒険者のツグナ=サエキだ。まぁ、妹さんの方から色々聞き及んでるかとは思うけどな」
レオバルトの丁寧な自己紹介に対し、ツグナはわざと一部を強調させ、やや突き放して名前を口に出した。
「それで……得物や勝敗決定はどうするんだ?」
ツグナがシェルムから聞かされていたのはこの場所だけだった。勝敗の条件など詳しいことについては知らされぬまま、流されるがままやって来たに過ぎない。ここにも、第二王女の暴走ぶりが垣間見えた。
「得物は基本的に木剣もしくは刃引きされた剣を用いる。仮にそれ以外のものにしたければ、判定者が確認し、許可が下りれば使用することができる。勝敗の判定はギルドの職員に……と思っていたけど、変更しよう」
ピクリと、ツグナの眉尻が上がる。その様子を見たレオバルトは、「安心してよ」と前置きしてから言葉を続けた。
「この場には、より判定員にふさわしい方がいるからね……」
そう告げて、レオバルトはその人物へと目を向けた。ツグナもそれに倣い、同じ方向に視線を投げる。
「やれやれ……私は見ているだけがいいのだがな」
レオバルトが水を向けたのは、「紫銀の魔術師」として名高いリリアであった。数々の戦歴を持ち、名実共に第一級と周囲に認識されている彼女ならば、公正公平な判断が下せるだろうというのがレオバルトの意見である。
「一応念のために申し上げておきますが、審判には……」
「分かっておるよ。ツグナの師とはいえ、勝負事に私情を持ち込む趣味はないからな」
レオバルトの意図を察したリリアは、彼が言い終える前に自分から誓約を述べた。その返答に軽く頷いたレオバルトは「ではよろしくお願いします」と告げて、会場の中心へと歩き始めた。
応援ありがとうございます!
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