27 / 129
本編
第026話 逆鱗に触れた者の末路②
しおりを挟む
(――クソがっ! 一体、何なんだ、コイツは!)
一方、天井から吊るされているソアラに攻撃を加えている九条は、時間が経つにつれてその心に焦りが生じていた。
(世界一を獲った、この俺の拳と蹴りだぞ!? これで何人も倒してきたってのに……どうしてこの女は倒れねぇんだ!)
――九条武治は、一般にも広く知られている通り、今からおよそ5年前に格闘技で世界一となった人物である。その実力は、当時様々なメディアで報道されるほどに注目されており、関係筋からは「次回も彼が優勝するだろう」と目されていたほどの腕前を持つ。
しかし、その栄華も一時のものでしかなかった。次の試合に向けた練習の最中に引き起こされた事件をきっかけに、当時彼が所属していたジム及び協会から追放となったのだ。
九条は「練習中の怪我だ」と主張したのだが、周囲の人間はそうとは捉えなかった。世界一を獲得した際には、あれほど賞賛の嵐であったマスコミも、今度は手のひらを返したように九条の批判に回り、連日連夜バッシングするまでになった。
後に、この事件は九条の功績を妬んだ相手が起こしたものであり、裏で協会関係者やマスコミに金を積んで九条を追放に追い込んだことも判明した。しかし、追い出された九条はもはや表舞台に立つことは無く、今では不良集団のボスとして君臨し、自らが鍛え上げた格闘技術を武器に裏社会の一角を担っている。
それほどまでの実力者である九条が、まだ年端も行かぬ少女に追い詰められていた。
他者から見れば、今の状況は明らかに九条の方に軍配が上がるだろう。何せ、ソアラは天井から吊るされており、友人である茜も九条たちの手に落ちているため、反撃することができないからだ。
一方、先ほどから攻撃している九条は、もはや当初に見せていた余裕は消え失せ、今では本気で拳を叩き込んでいる。常人であれば、たった一撃で骨が砕けるまでの力だ。
しかし、そこまでの力を込めてまでもなお、ソアラの態度は変わらない。「もうやめて」と悲鳴を上げることもない。攻撃を受けるその時、瞬間的に魔闘技を発動させ、身体能力を向上させる。レベルが100を超えている彼女ならば、九条のその渾身の攻撃を生身で受けたとしても平然としていられるだろう。しかし、そうしなかったのは万が一を考えたことと、時間を稼ぐためだ。
魔闘技により底上げされた身体能力により、耐久力も底上げされる。いくらレベルが100を超えているとはいえ、攻撃を受け続ければダメージが蓄積する。ましてや手を縛られ、天井から吊るされている無抵抗な状態では、その蓄積するスピードも速い。仮に好機が訪れても蓄積されたダメージにより挙動が覚束なければ今度こそ動きを厳重に封じられてしまう恐れがあった。
また、ダメージの蓄積度合いを遅らせることにより、時間を稼ぐことが可能になる。人質をとられ、動きもある程度封じられたこの状況下において、思考に割けられる時間や好機を探る時間を得られることは何物にも代えがたい価値を生む。
ソアラは歴戦の経験からくる冷静な判断力により、自分の持つ「魔闘技」という手札で九条の猛攻を凌いでいた。
そんな彼女とは対照的に、殴っている九条の顔が次第に青褪めていった。彼自身、その元凶が恐怖から来るものなのだと彼気づくまでには幾許かの時間を要したほどだ。
未知から来る恐怖は、まるでウイルスのようにじわじわと心体を蝕む。
そして――全てを平らげた先に待つのは「パニック」という名の思考停止だ。
「うおああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
やがて痺れを切らした九条は、自らの拳と脚に頼るのを止め、懐からバタフライナイフを取り出す。
「死ねやオラァッ!」
そして銀色に輝く刃をソアラに向け、鍛え上げた脚力で一直線に駆け出す。
ソアラは魔闘技のスキルで身体能力を向上させてはいるが、このスキルを使用すると傷つかないというワケではない。あくまでも魔闘技の効果は身体能力の向上であって、鎧や装甲で身を守るわけではないため、刃で切り付けられれば傷が出来るし殴られると痕が残る。
(マズイ、あのナイフだと傷が――)
向かって来る九条が持つナイフを見たソアラが、「どうすれば回避できるか」と思考を巡らせるものの、これといった案は出てこない。
しかし、そうこうしているうちにも彼女の胸元に九条のナイフが迫る。
そして、その刃がソアラの肌に触れようとした瞬間――
「シィッ――!」
突如として両者の間に割って入るように現れた黒い影が、ナイフを握っていた九条の手を蹴り上げる。
キイィン、と甲高い音を響かせながら宙に放り出されたナイフは、やがてソアラと九条から離れた場所に落ちた。
不意に現れた人影に、ソアラはパッと笑みを浮かべて名前を呼ぶ。
「ありがと――ツグナ」
感謝の言葉を告げたソアラは、これまで保っていた緊張の糸が切れたのか、その赤く腫れた頬にぽろぽろと涙が伝っていた。
一方、天井から吊るされているソアラに攻撃を加えている九条は、時間が経つにつれてその心に焦りが生じていた。
(世界一を獲った、この俺の拳と蹴りだぞ!? これで何人も倒してきたってのに……どうしてこの女は倒れねぇんだ!)
――九条武治は、一般にも広く知られている通り、今からおよそ5年前に格闘技で世界一となった人物である。その実力は、当時様々なメディアで報道されるほどに注目されており、関係筋からは「次回も彼が優勝するだろう」と目されていたほどの腕前を持つ。
しかし、その栄華も一時のものでしかなかった。次の試合に向けた練習の最中に引き起こされた事件をきっかけに、当時彼が所属していたジム及び協会から追放となったのだ。
九条は「練習中の怪我だ」と主張したのだが、周囲の人間はそうとは捉えなかった。世界一を獲得した際には、あれほど賞賛の嵐であったマスコミも、今度は手のひらを返したように九条の批判に回り、連日連夜バッシングするまでになった。
後に、この事件は九条の功績を妬んだ相手が起こしたものであり、裏で協会関係者やマスコミに金を積んで九条を追放に追い込んだことも判明した。しかし、追い出された九条はもはや表舞台に立つことは無く、今では不良集団のボスとして君臨し、自らが鍛え上げた格闘技術を武器に裏社会の一角を担っている。
それほどまでの実力者である九条が、まだ年端も行かぬ少女に追い詰められていた。
他者から見れば、今の状況は明らかに九条の方に軍配が上がるだろう。何せ、ソアラは天井から吊るされており、友人である茜も九条たちの手に落ちているため、反撃することができないからだ。
一方、先ほどから攻撃している九条は、もはや当初に見せていた余裕は消え失せ、今では本気で拳を叩き込んでいる。常人であれば、たった一撃で骨が砕けるまでの力だ。
しかし、そこまでの力を込めてまでもなお、ソアラの態度は変わらない。「もうやめて」と悲鳴を上げることもない。攻撃を受けるその時、瞬間的に魔闘技を発動させ、身体能力を向上させる。レベルが100を超えている彼女ならば、九条のその渾身の攻撃を生身で受けたとしても平然としていられるだろう。しかし、そうしなかったのは万が一を考えたことと、時間を稼ぐためだ。
魔闘技により底上げされた身体能力により、耐久力も底上げされる。いくらレベルが100を超えているとはいえ、攻撃を受け続ければダメージが蓄積する。ましてや手を縛られ、天井から吊るされている無抵抗な状態では、その蓄積するスピードも速い。仮に好機が訪れても蓄積されたダメージにより挙動が覚束なければ今度こそ動きを厳重に封じられてしまう恐れがあった。
また、ダメージの蓄積度合いを遅らせることにより、時間を稼ぐことが可能になる。人質をとられ、動きもある程度封じられたこの状況下において、思考に割けられる時間や好機を探る時間を得られることは何物にも代えがたい価値を生む。
ソアラは歴戦の経験からくる冷静な判断力により、自分の持つ「魔闘技」という手札で九条の猛攻を凌いでいた。
そんな彼女とは対照的に、殴っている九条の顔が次第に青褪めていった。彼自身、その元凶が恐怖から来るものなのだと彼気づくまでには幾許かの時間を要したほどだ。
未知から来る恐怖は、まるでウイルスのようにじわじわと心体を蝕む。
そして――全てを平らげた先に待つのは「パニック」という名の思考停止だ。
「うおああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
やがて痺れを切らした九条は、自らの拳と脚に頼るのを止め、懐からバタフライナイフを取り出す。
「死ねやオラァッ!」
そして銀色に輝く刃をソアラに向け、鍛え上げた脚力で一直線に駆け出す。
ソアラは魔闘技のスキルで身体能力を向上させてはいるが、このスキルを使用すると傷つかないというワケではない。あくまでも魔闘技の効果は身体能力の向上であって、鎧や装甲で身を守るわけではないため、刃で切り付けられれば傷が出来るし殴られると痕が残る。
(マズイ、あのナイフだと傷が――)
向かって来る九条が持つナイフを見たソアラが、「どうすれば回避できるか」と思考を巡らせるものの、これといった案は出てこない。
しかし、そうこうしているうちにも彼女の胸元に九条のナイフが迫る。
そして、その刃がソアラの肌に触れようとした瞬間――
「シィッ――!」
突如として両者の間に割って入るように現れた黒い影が、ナイフを握っていた九条の手を蹴り上げる。
キイィン、と甲高い音を響かせながら宙に放り出されたナイフは、やがてソアラと九条から離れた場所に落ちた。
不意に現れた人影に、ソアラはパッと笑みを浮かべて名前を呼ぶ。
「ありがと――ツグナ」
感謝の言葉を告げたソアラは、これまで保っていた緊張の糸が切れたのか、その赤く腫れた頬にぽろぽろと涙が伝っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
事故に遭いました~俺って全身不随?でも異世界では元気ハツラツ?
サクラ近衛将監
ファンタジー
会社員の俺が交通事故に遭いました。二か月後、病院で目覚めた時、ほぼ全身不随。瞼と瞳が動かせるものの、手足も首も動かない。でも、病院で寝ると異世界の別人の身体で憑依し、五体満足で生活している。また、異世界で寝ると現代世界に目が覚めるが体の自由は利かない。
睡眠の度に異世界と現代世界を行ったり来たり、果たして、現代社会の俺は、元の身体に戻れる方法があるのだろうか?
そんな男の二重生活の冒険譚です。
毎週水曜日午後8時に投稿予定です。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる