グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_031

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「……えっ? もう終わった……んですか?」

 陽が中天に差し掛かろうとする頃、グリムの街に戻って来たセロは、その足でギルドに立ち寄って依頼達成報告を行っていた。カウンターで依頼書とともに規定数を上回る9つの討伐証明部位と15本の薬草を提出したセロに、ファレナは思わず訊き返してしまった。

「は、はぁ。えっと……何かマズかったか?」
「い、いえっ! でもまだお昼前ですよ? あまりにも早かったので、驚いてしまって……」
「あぁ、なるほど。まぁ、運よくワードックの群れを見つけられたのが大きかったからな。リング草も比較的簡単に見つけられたし。ただ、おかげで討伐と採取にかかった時間より、現地までの往復時間の方が長くなっちまったけど」

 苦笑交じりに返答するセロに、カウンターにいたファレナは別の意味で驚いた。
「……へっ? あのぅ……聞き間違いかと思うんですけど、先ほどワードックの『群れ』っておっしゃいました?」
「そうだな。あぁ、群れと言っても3匹と6匹の小規模だったけどな」

 アハハと笑いながら話すセロに、ファレナは思わず眉間を揉みながら呟く。いくら場所が近いと言っても、セロの達成報告はファレナの想定以上に早かった。朝方に手続きを行ったにもかかわらず、わずか3時間とかからずにセロは戻って来た。しかも、依頼書に記された規定数を上回る数を仕留めてである。

 さらに聞けば、セロはたった一人でワードックの群れに挑んだと言うではないか。聞けば聞くほどファレナの混乱は増すばかりだ。

「セロさんって、確か昨日登録したばかりですよね」
「そうだな。昨日登録手続きしたばかりだ」
「それじゃあ、このワードック……お一人で討伐した、と?」
「うん、まぁ……」
 セロは「そりゃあ『ほぼ知り合いがいない』だから当然だろ」という言葉をそっと胸の内に吐き出しつつ、ファレナの言葉に答える。

(う、嘘でしょ!? ワードックの群れを……たった一人で? しかも、こんなに早く?)

 ファレナが驚くのも無理はない話である。ワードックの群れに対し、たった一人で立ち向かうには仕掛けるタイミングを見計らう必要があるからだ。

 彼我の距離、相手の警戒レベル、地形、そして戦略。様々な要素を検討し、ベストなタイミングで仕掛けなければ、到底成しえない。まだ子どもの、しかも登録したばかりの新人冒険者が達成できる所業ではないのだから。

 これが複数人で構成されたパーティーならばある程度は力技で押し切れる面もあるだろう。だが、それはあくまでもメンバーからの支援を受けた上でできる代物であり、たった一人で狩れるほどワードックの群れは甘くはない。確かにワードックはレベルがさほど高くはない魔物である。

 しかし、それは単体で見た場合の評価であって、群れともなれば難易度は上がるのは言うまでもない。加えてセロの場合は支援も何も受けられない状況なのだ。当然ながらパーティーで挑む場合よりも難易度は高くなる。それほどまでに統率された複数の相手に単騎で立ち向かうのはシビアなのだ。

「えっと……俺が言うのも何だが……大丈夫か?」
「そうですね。大丈夫かそうでないかと言われれば、後者なんですけど……うん、深く考えないようにしますので、大丈夫です」
「はぁ……」

 ファレナの言葉にセロは若干疑問に思いつつも曖昧な返事で先を促す。そして無事に手続きが終了し、報酬を受け取った時――

「た、大変だ! イビルパラサイトが取り憑いた魔猪に……な、仲間がやられた! 仲間だけじゃない、他のパーティーにも被害が出ている! 中には直撃を受けて瀕死のヤツも! た、頼むっ! 誰か……助けてくれっ!」

 ギルドの扉が勢いよく開け放たれ、ボロボロの革鎧を身につけた男性冒険者が息を切らして中に入って来た。
 駆け込んできた男に続き、彼の仲間らしき人物たちによって運ばれた怪我人が続々と建物内に入って来る。駆け込んできたその男性冒険者の言葉通り、計十名を超える怪我人が一階フロアの床に寝かされた。その姿は見るも無残な光景で、さながら激戦地の野戦病院を思わせる。怪我の程度は様々で、頭に布を巻かれて止血されている者や腹に大きな染みを作りながら呻き声を上げる者も見受けられる。

「は、はいっ! 急いでポーションを取ってきます!」
 男性冒険者が近くにいた職員に事情を説明すると、職員は血相を変えてギルドの奥へと戻る。

「なぁ……ファレナ、さん。あの人が言っていた『イビルパラサイト』っていうのは?」

 報酬を受け取った直後でまだカウンターにいたセロは、そっと小さな声でファレナに訊ねる。

「あぁ、イビルパラサイトは、その名前の通り小さな昆虫型の魔物です。それ単体の脅威度はセロさんが討伐したワードックと同程度、といったところですね。ただ、この魔物の厄介なところは、その『習性』にあります」
「習性?」
 思わずファレナの方へ顔を向けたセロに、彼女は小さく頷きながら話を続ける。

「イビルパラサイトは動物の口や鼻の中から侵入し、相手の脳に取り憑くと、その思考や行動を乗っ取ることができるのです」
「つまり、相手に寄生して支配するってことか?」
 セロの言葉に、カウンターにいたファレナは「その通り」ですと返しつつ、補足説明を行った。

「イビルパラサイトは自身の何百倍にも及ぶ体躯を持つ動物を支配することが可能です。寄生された相手は、もれなく凶暴化し、見境なく襲い掛かります。また、相手は野生動物に限らず、魔物であっても同じです」
「あのパーティーはイビルパラサイトに寄生された猪の魔物に襲われたってことか……」

 ファレナの説明を聞きいていたセロは、再び担ぎ込まれた怪我人へと視線を移す。と、そこへギルドの奥へ行っていた先ほどの職員が、幾本かの小瓶を抱えながら男性冒険者の元へと舞い戻ってきた。

(ポーションがあれば、何とか一命は取り留めるだろう。俺も油断すればあそこで寝ている人と同じ目に遭うこともあり得るんだよな……)

 そんな風に自分への戒めとして心に刻んだのも束の間、目の前で男性冒険者が声を荒げたのだ。

「何だって!? これだけしかポーションが無いのか!? ちょっと待ってくれよ! これじゃあ全員は助けられないってことか?」
「は、はい。大変申し訳ありません。ですが、ギルドの所有するポーションは本当にこれだけしかないんです!」

 重傷者を前に、職員が何度も頭を下げながら沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にする。男性冒険者も必死に頭を下げる職員に当たっても仕方がないのだと、悔し気に唇を噛んだ。
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