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旅立ち編

第8話 謝罪ー2

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 ルードゥは走っていた。
 罪を償わなければ、あの子を守らねば……そう思って。

 30分かけて村の中を探索し尽くしたのに見つからなかった。
 門番は見ていないというが、もう村の外に出てしまっていると考えていいだろう……つまり、あの子はいつ襲われても可笑しくない状況にいる。
 いや、もう既に襲われているかもしれない。
 そう考えると、自然と走るペースが速まった。
 
 馬の如く発達した4本の脚をフル活用して、ひたすら前へと進む。
 二本の鎌で邪魔な枝を切断し、倒木ははねを使って飛び越える。

「間に合エッ!」














「ゴブ吉くーん! 何処に行ったノ!?」

 森の中を駆ける。
 突如感じた、大気の揺れと地響き。
 聞こえて来た野太い咆哮。

「ッ!? まさか……」

 ここら一帯にいる魔物で、あのような声を出せるのはオークかオーガぐらい。オーガは滅多に山から下りてこないし……というコトはオークか! 
 ルードゥは先を急ぎながらも、冷静に思考を続けていた。

「マズイ……」

 勝てるのか? 僕一人で。ルードゥは考える。 
 しかし今から村に戻ってウィルに助けを求めてては間に合わないだろう。
 どうする? どうすればいい!? 何か方法は。
 考えて、考えて……閃く。

 魔物の習性を、利用する。
 今この場にウィルはいない、殺さぬよう手加減する必要は……ない!

 

  



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「何が『僕には謝ることしか出来ないんだ』だよ!
 知るかよクソがッ! この世の中……全部クソだ! アイツを殴りもしない親父も、ビンタ一発で許す母さんも! ただ手を出さないってだけであの人間を信じる村の奴らも! 全員どうかしてる!」

 そこは、彼……ゴブ吉だけの秘密の場所であった。
 親にも、誰にも教えていない一人になれる場所。
 近所の友人たちと村の外を探検している時に、偶々見つけた洞穴である。 
 





 ―――――唐突に、地響きのような揺れと轟音が大地と空気を通しゴブ吉の全身に響き渡った。

「な、なんだ!?」

 キョロキョロと周囲を見回し、気付く。
 
「あ、ああ……あれは! オークッ!」

 オーク10体の集団。
 豚をそのまま人型にして屈強に改造したような魔物。
 ゴブリンなど、それこそデコピン一発で殺せるような化物だ。
 それが……10体? ゴブ吉は恐怖のあまり地べたにへたり込んだ。
 
 


「ブゴォォォッ!!」

 低く太い、大気を震わせる咆哮。
 地を踏み鳴らし、木を切り倒し進むオークの集団。

 その目的が一体何なのか、ゴブ吉には皆目見当もつかなかったが、それでもこれだけは分かった。
 このままでは……死ぬ! 

「あ、あぁ……や、やだ! 死にたくない!!」

 いや、もしかしたら俺だけでは済まないかもしれない。村の皆も、殺されるかもしれないッ! ……いや、そんなの知ったことかッ!
 あいつらの事なんか、どうでもいいッ!
 親父が拳骨一発であいつを許したのは、母さんが何も言わないのは、俺がどうでもいいからだ! 俺のコトを大切に思わない奴の事なんか知るかッ!
 ゴブ吉はそう考え、オークに怯えながらも一人逃げ出し――コケた。

「ブヒィ……メシ、確保」

 ニヤついた表情。
 作戦が上手く行った……とでも言うかのような、したり顔。

「な、なんで……」

 ゴブ吉の視界は、絶望に塗りつぶされた。が……


「ブヒッ!? 魔力を……感じる。ゴブリの餓鬼より、美味そう!」
 

 次の瞬間、オークは森の中へと走り去っていった。
 

「な、なに……?」

 ゴブ吉が地面にへたり込んだまま一人困惑していると、一つの影が鬱蒼と生い茂る草むらの中から颯爽と現れた。

「無事か、ゴブ吉君!」

 偉大なるウィリアム様(自称)である。

「エ、ナンデアンタガ……?」
「うん? あぁ~なんだ、その……まぁなんでもいいじゃないか! それより怪我はないか? それと、歩けるならば俺様についてくるがいい。村へ帰ろう。あ、歩けないならおぶるぞ? 素直に言うがよいのだ」
「……うん。実は、オークに襲われた時腰が抜けちゃったから無理」
「ふむ、分かった。ところでそのオーク? とやらは何処へ行ってしまったのだ? 君が退治したのか?」
「ううん。魔力を感じるとか言ってどっか行っちゃった」
 
 ゴブ吉が小さく首を横に振りながらそう言うと、ウィリアムは顎に手を当てながら眉をしかめ考え出す。
 数瞬後、何か考え付いたのかウィリアムは手を打ち笑う。

「ぬあーはっはっは! 成程、アイツめ……やるではないか。ゴブ吉よ、俺様の背に乗れ。面白いモノを見せてやろう」
「え、どういうこと?」
「まぁいいからいいから」
「ちょ、ちょっと~!?」

 ゴブ吉は、ウィリアムによって拉致された。







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 ゴブ吉を背負い、戦の音が聞こえる方へと進む。
 恐らく其処ではルードゥVSオーク? とやらの戦闘が行われている筈だ。
 
「よし、着いた。ほらゴブ吉君……アレを見な」

 そこでは、ルードゥと豚が人型になったような魔物10体が、大自然が創造した天然の広場とでもいうべき開けた場所で戦っていた。
 さて、一体ルードゥはどうやってアレらを呼び寄せたのか……その疑問を解消する為、俺はゴブ吉君を背負ったまま茂みに隠れルードゥを垣間見た。
 
 ……ん? んんッ!? あれは、魔石じゃないか! 
 おいおいやり過ぎだッ! 少しでもミスったら死ぬんだぞッ!

 なんか気合を溜める的な感じで魔力を集中させてそれをエサにしたのかと考えたが……これはちとマズいな。
 どちらにせよここら一帯の魔物が魔力に誘われ大集合するコトに変わりはないが、それでも魔石を外に出したまま戦うなんて……。
 いくらゴブ吉君を守る為、と言ったって暴挙が過ぎるぞ。

 だが、そうまでして償いたいと思っているのならば俺も手伝おう。
 まぁ、別に何をせずとも手伝うつもりだったが、何というかルードゥの決意にあてられたとでもいうべきか……とにかく俺も何かしてやりたい気分なのだ。

「ゴブ吉君、ルードゥは……本気で反省してる。今こうして魔石を晒してまで戦っているのは、君を守る為なんだ。さっき、君は襲われていた時オークが突如魔力がどうのって言って去って行ったと言っていただろう? それはルードゥのおかげなんだ。だから……許してやってくれとは言わない。けどせめてあいつの話を、しっかりと聞いてやって欲しいんだ。約束、してくれるかな……?」
「……知るか、アイツのせいで俺は死にかけたんだ。腹を斬られたんだぞ? そう簡単に許せるか」
「……そうか、まぁともかくあいつの頑張りをしっかりと見てやってくれないか? ゴブ吉君だって、そう肩肘張っているのは疲れるんじゃないか?」
「ふん……。分かったよ、見てりゃいいんだろ?」
「あぁ! ありがとう」

 さて、これで恐らくはルードゥとゴブ吉君の問題は解決する筈だが……。
 果たして俺はこれ以上手を出すべきなのか? 此処から先はルードゥに任せた方がゴブ吉君も納得するのではないか? いやいや、流石に数が多いのでは? 次々と疑問が浮かんでは消えていく。
 
 そうしてあれこれと考えてみたが、結局手を出すコトにした。

 無論、ルードゥのコトは信頼している。
 しかし、必要以上に集まってこられては流石のルードゥも危ないのでは? と思ったのだ。だから、俺は"影"からサポートすることにした。

 そう、ルードゥにバレないようにある程度間引いておく役である。

「ゴブ吉君、目と口を閉じてしっかり俺に捕まってな。じゃねぇと危ないからな……」
「ん? あ、あぁ」

 ゴブ吉君が俺の首にしっかりと抱き着くのを確認すると、早速実行。
 
「へへ、ぶっつけ本番だが……新技、《塵旋風つむじ》!」

 そう、裁定の祠から帰ってる時に思いついた技である。
 この技は、筋力任せの荒技であるが、結構強力な技だと思っている。
 その場で素早く回転することで遠心力を生み、周囲の砂を巻き上げ砂塵を纏った旋風を意図的に起こす、という無差別範囲攻撃技である。
 ゴブ吉君にしっかりと捕まっていろ、と言ったのもそれが理由。
 台風の時、常に風のない場所は? と問われれば誰しもが中心と答えるだろう。そう、台風の被害を受けたくなければ台風の目にいれば良いのだ。

「さて……こっからはお前次第だぜ、ルードゥ」

 俺は再び、ゴブ吉君を背負ったままその場にしゃがみ込み、茂みに隠れた。







◇◇◇







 突如巻き起こった旋風で、ルードゥは気付いた。
 
 あぁ……これ、ウィルついてきてるな? と。 

「全く、お節介なんだから……でも助かったヨ。ウィル」

 小さく、そう呟くとルードゥは改めて気合を入れる。
 ウィルが見ている以上、出来るだけ殺さないようにしなければならない。
 無論自分が傷ついたら容赦なく殺すつもりだが、無傷の内は加減しよう。

 己に群がるオーク共を鎌を振り回して散らしながら、ルードゥはオーク共が戦闘続行を諦めるであろう方法を画策する。
 そして閃き、実行に移した。

「……ハァッ!」
「グガァッ!?」

 マンティスとはとても思えない戦闘法。
 そう、ルードゥがとった戦法ははねで飛びながら脚で蹴り飛ばすという打撃戦法だった。
 鎌を振るえば死ぬ可能性がある。
 なら脚で攻撃すればいいじゃない、という簡潔だが確実な発想である。
 
 だがそう上手く行くのか? と思うかもしれないが、どうやらその攻撃は有効だったようで、オーク達の顔には若干怯えが見え始めた。
 それも当然だ、空中から一方的にボコスカに蹴られまくるのだから。
 しかし、最たる理由は他にある。
 そう、彼がキラーマンティスであるからだ。

 マンティス族の中でも特別足が速く強いキラーマンティスは、生まれながらの捕食者である。
 巨大な身体に馬の如き4本の脚、鋭く尖る2本の鎌。
 そして本人の意識とは無関係に垂れ流される種族由来の威圧感。
 それが彼らオークを怯ませているのだ。
 
 しかし、オークとて弱い訳ではない。
 むしろ結構強い方だ。
 しかし、キラーマンティスの威圧感を前にするとビビってしまうのだ。
 ルードゥが若干焦れているのもソレを際立たせているのだろう。

 震えるオークに気付いたルードゥは、意図的に殺意を強めた。
 このままビビって逃げ帰ってくれればいいな、と思ったからである。
 二本の鎌をクロスさせ、素早く中空を十字に斬る。
 その勢いのまま、次は当てるぞとでも言わんかのようにオーク達に視線を向ける。虫であるが故に表情は読めないが、その変わらぬ顔が余計に恐ろしく映る。

 一歩一歩ゆったりとオーク達に歩み寄る。
 内心で早く逃げてくんないかなー、と願いながら。

 しかしオーク達は逃げない。
 早く逃げろよ、なんで逃げないの? とルードゥはオーク達がビビりそうな演出を講じながら考え、気付いた。

 僕が殺す気だと思ってるから逃げたくても逃げれないんじゃ? と。

「貴様ら、殺されたくなければ今すぐこの場を去るがいイ。ゴブリン村は今や我らが支配下にある、ゴブリン達に手を出した場合……貴様らオーク一族には絶望が待っているだろウ」

 それっぽい言葉遣いで事実と嘘を織り交ぜ語る。
 これで逃げ帰ってくれればいいんだけど……。

「ブ、ブヒィッ!」

 ルードゥの作戦は上手く行き、彼らオークは涙混じりに山の方へと逃げ帰っていった。
 オーク達が皆いなくなったのを確認してから、

「ウィル、いるんだロ?」
 
 振り向かず声をかけた。

「おおっと、バレてたか……んでルードゥ。さっきのは一体どういうコトだ? ゴブリン村は我らが支配下にあるとかなんとかって」
「……ハッタリだヨ、嘘。ビビって帰ってくれないかな~って思ってさ」

 ルードゥがそう言うと、ウィリアムは数度目をパチパチとさせてから頷いた。

「あ……あー、俺は最初から分かってたぞ! うん」
「ハハハ、まぁそういうことにしとくヨ」

 戦が終わった後の、束の間の平穏。
 森は彼らを、穏やかな風で包んでいた。

「ゴブ吉君も、大丈夫だっタ――」

 ルードゥが、ゴブ吉の安否を確認しようとした瞬間!

「ブゴォォッ!」

 ドドドドッ! と、怒涛の勢いで近づいてくる足音。
 ソレの進路上にいたが為に倒れていく木と、地響きによって空中に舞う砂埃。
 迫りくるモノに、緊張が走る。

「あ、暴れ猪ーッ!?」
「逃げるぞ皆ーッ!」
「あー、もうッ! なんてタイミングの悪イッ!」

 暴れ猪。
 逃げ帰ったオークと関係があるのかは分からない。が……ウィリアム一行は、とにかく逃げることにした。
 何かに追われると、逃げたくなるのと同じである。





 背の高い、細い木が乱立する地帯を走り抜ける。

 地面には大小様々な石や木の根っこ、落ち葉、何かの破片などが無造作に散らばっており走りにくいが、時にそれすら利用して逃げる。

 程よい大きさの丸石があれば、それを去り際に後方へ転がし時間を稼ぐ。
 
 暴れ猪の巨体によって次々と倒れていく木々。

 木が倒れた衝撃で、木から飛び立つ鳥たち。
 
 ウィリアム達が、逃げ切れないのではないか? と思い始めた頃。
 
 唐突に、地面が終わる。

 そして彼らの視界が一気に開け――。





 ――深緑にも似た、無限の大海。

 



「ルードゥ!」
「うんッ!」

 もしかしたら暴れ猪は死んでしまうかもしれないが、そんなコトを考えている余裕は今のウィリアム達にはなかった。
 
 崖を前にして、ルードゥがはねを広げ飛ぶ準備をする。
 
 暴れ猪が彼らに追いつくまで、幾秒もないだろう。

「ゴブ吉君!」
「む、無理だよ……」

 焦りからか、崖を前にしてビビるゴブ吉にウィリアムががなり立てる。
 
 しかしゴブ吉が怖がるのも無理はない。

 はねを広げ空を飛ぶ為には、背に何か乗せていてはダメなのだから。

 そう、ウィリアムとゴブ吉はこの土壇場でルードゥの脚にジャンプで跳び移らなければならないのだ。

「ブゴォォッ!」

 大気を震わす暴れ猪の咆哮。
 近づく足音。

 
 ――その時、大地からピシリ……という何かに罅が入ったような音が聞こえた。
 
 
「ウワァァァァァッ!!!!」

 落ちていく身体。

 落下する石礫せきれきの向こうに消えた、ウィリアムとルードゥ。

 視界を埋め尽くす、暴れ猪の茶色い毛皮。

 もはやこれまでか……そうゴブ吉が思った時。



「ふぅ……大丈夫かイ? ゴブ吉君」 



 ゴブ吉にとっての、ヒーローが現れた。

 落下する石礫せきれきの間を縫って飛び、前脚の上側。

 鎌となっていない側面で、ゴブ吉をキャッチしたのだ。

「う、うん。でも……なんで? 俺は――」
「僕はさ、理不尽なことが大嫌いなんダ。君にとって、あの時の僕は理不尽そのものだっただろウ? だから……なんていうか、僕がやるべきだって思っタ。それだけ!」

 ルードゥの、何処か言い訳じみたその説明に……

「ハハ、ハハハハ! なんだよ、それ! 自分が嫌だからってだけじゃん!」

 ゴブ吉は、笑った。
 
「な、なんだヨ。悪いカ!?」
「アハハハハ!」



 一方ウィリアムはというと、

「うんうん、良かった良かった! これで万事解決、だな!」

 一人、片手で脚に掴まってハッピーエンドに喜んでいた。
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