暗き闇夜に光あれ

sino

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1話-4

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ー14ー

「…なんでいるんですか?」
私は彼女に問いかけた。
「なんで?…ねえ。それはどういう疑問なのかな。僕が君に話しかけたこと?この時間に僕がここにいること?それとも…」
彼女は道端の陰からゆっくりと私に向かって歩いてくる。そして私の目の前で止まった。
「…僕が実際に『存在』したこと自体にかな?」
そう言いながら顔を近づけてくる彼女に対し、図星をつかれた私は思わず一歩後ろへ下がった。
私が退いていくのを見て、怯えさせるつもりはないと彼女もまた後ろへ下がった。
「夢じゃ…なかったんですね。」
私は思わずそう呟く。
「夢、か。まあ確かに君にとっては夢のような出来事だったかもしれないね。発狂して倒れた後、僕がベッドまで運んで行ったのもそれに拍車をかけたのだろうし。」
でもさ、と彼女は続ける。

「そんな都合のいい話がある訳ないだろう。」

私は唇を噛み締めた。隠していたものを全て表に出されたような、最悪の気分だ。どうして私の弱みをここまで的確に指摘できるのだろう。
まるで心を読まれているようだ。
「君は受け入れなければならないんだ。自分が人じゃないこと。吸血鬼になったことをね。」
そう言って彼女は私の肩に手を置いた。
しかし、私はその手を振り払って反論した。
「それはおかしいです。私が吸血鬼になったっていうなら、日に当たれば消滅するはずですから。」
私は何も欠けてないと示すように両腕を広げた。
家を出てから学校に着くまで、私は終始日光に晒され続けたのだ。更には昼の間も太陽の下、何事もなく生活している。こんなことが吸血鬼に出来るだろうか。
そうだ、私は吸血鬼ではない。それを補填する大きな証拠もあるじゃないか。
だが、そんな希望も彼女の一言で簡単に瓦解することになる。
「当たり前だよ。だって私がそう『設定』したんだから。」

ー15ー

「設定…?」
その言葉に恐怖する。
その一言に私の逃げ場が消されるのではないかと、私は恐れた。
「そうさ。君は僕がつくった吸血鬼。言わば僕の眷属だからね。ある程度そういった部分は自由に出来るんだよ。人間に近づけるとか、完全な吸血鬼にするとかね。」
だが、彼女の応えは私の想定する最悪のパターンとはかなり違っていた。
彼女の説明は、こうだ。吸血した人間に対し、吸血鬼は細かい設定は出来ない。しかし、吸血鬼化させるか人間性を残すかは眷属にした本人が決定権を持っているのである。
ならば、私の体はもしかすると…
「つまり、今の私は人間性を残した吸血鬼ってことですか?」
期待を込めてそう尋ねる。
「というより、ほぼ人間だね。吸血鬼って名乗ったら本職に怒られるぐらいには。日光に当たっても消えないし、血を吸わずとも生きていけるよ。」
彼女は私にとって最も理想的で、待ち望んでいた返答をしてくれた。
この際、ある程度吸血鬼化したことには目を瞑ろう。彼女の言葉が本当なら、私は人と変わらぬ生活を送れるということだ。
そして、多少安心できたからだろうか。本職というズレた言葉に微笑する。それが移ったのか彼女も微笑んだ。
「どうだい?落ち着いてきたかな。」
「少しだけですがね。吸血鬼って言われて色々と思い悩みましたから。ほとんど人間だっていうなら今までと変わらず過ごせ…」
と言いかけたところで、私に一つの疑問が浮かんだ。
「あなたは吸血鬼なんですよね?」
「僕かい?まあそうだね。吸血もできるし。日光に当たれば燃えるよ。」
「じゃあ危ないですよ。今の時間はまだ太陽が…」
そう言って私は後ろを振り返った。私が教室から外を眺めた時、西の方に大きな夕日があったのだ。ここの道端は日陰であるが少し歩けば日が差している。日に当たれば吸血鬼は燃えるのだ。それを指し示すために、私は後ろを振り返った。それがどうだろう。
そこにあったはずの太陽が闇に隠れて消えていた。いやそれどころじゃない。

『昼』が『真夜中』になっていた。

夕方だったはずの5月の17時に、街灯は明かりを灯していた。空には星の如き光が煌めき、本物だろうか月まで姿を現している。
昨夜、彼女に起こしてもらった時と似たような状況だ。
なぜ気づかなかったのか。いやそれよりもここまで大胆に異常が起こっているのに、なぜ誰も騒がないのか。
次の瞬間、私はさらに驚愕した。私はとっくにこの異変に気づいていたのだ。下校途中に人気が無いなんてことがあり得るのだろうか。下校している生徒ならまだしも部活動中の学生すらいない?なんでこんな『異常』を見逃したのだろう。
「太陽が、なんだって?」
彼女は笑った。

ー16ー

「…随分と盛大にかましましたね。部活生に迷惑じゃないですか?」
「この程度、朝飯前さ。これさえあれば昼でも普通に出歩けるんだ。…っていうか反応が薄いね、君。」
反応が薄いと言うが、驚いていないわけではない。むしろ驚きすぎて、逆に冷静になっているのだ。
とはいえ正直に言うのは躊躇われる。何より悔しい。
「私が吸血鬼になったって聞いて、もう十分驚きましたから。これ以上何聞いても驚きませんよ。」
そう強がりを言ってやった。
そんな私の目を彼女は見つめる。私は思わず目を逸らした。
「へえ…言うじゃないか。それは僕がただの吸血鬼じゃないって知ってもかい?それも…」

「君が憎んでいる奴らを誰にも知られず、虫けらのように虐殺出来る程度の力があると知ってもかな?」

そう言って、彼女は虫を握りつぶすように、親指と人差し指を擦り合わせた。
そんな彼女の様子と言葉に、私は義憤の意を感じ取った。
「…見てたんですか?」
私は一驚を喫した。予想外なんて生易しいものではない。
全てを見透かされている恐怖。それが全身を覆った。
「見てたわけじゃないんだけどね。見えちゃったというのが正しいかな。君は僕の眷属だからね。」
なんてことだ。私の生活が筒抜けじゃないか。妖怪の世界に情報リテラシーの導入が待たれる。
「それで?どうするんだい?」
彼女はそう問いかける。
「…どうするとは?」
「あいつらのことさ。今からでも殺しに行けるよ。今回は、特別に貸しなしでいい。」
そう言って彼女は笑顔を見せた。
そして、その笑顔に静かな殺意が紛れ込んでいたのを私は見逃さなかった。
「……」
私は何も答えない。
それを否定の意味に取ったのか。彼女はため息をついた。
「昨夜の君のことだ。奴らなんだろう?思えば全身がボロボロだった。」
目と目が合う。全てバレているようだ。
彼女に隠し事は通じない。
「はい。」
ただ一言、肯定した。
「君が恩人だから、だけじゃないんだ。嫌いなんだよ。大を打ち崩すためじゃない、弱を一方的に嬲るための多対一が。集団リンチがね。」
彼女はまたも私に近づき、肩に手を置いた。
そして、私の耳元でそっと囁いた。

「言いなよ。殺してくれってさ。」

ー17ー

悪魔の誘いだ。いや彼女は真にそういった類なのだが、ここで言いたいのはそういうことじゃない。
的確に私の弱みを突いてきている。誘いに乗ってはいけないと理性的に判断しても、
どこかでその結果を望んでいる。
幾度となくそう思った。
あいつらさえいなければ、と。
彼女は明確に殺意を持っている。今すぐにでも殺してやろうと構えている。彼女はあくまで私の意思を確認しようとしているに過ぎないのだ。私が首を縦に振らなくても、彼女は独断で奴らを殺しに行くだろう。
つまり彼女はこう聞いているのだ。
『君も殺しに加担しないか』と。
どうせ死ぬのだ。
私は背中を押すだけ。
私が殺すのではない。
心は闇夜の如く、黒く染まっていった。


突如、夜に日が昇った。
急な光に目が眩む。何が起こったのか、思考が追いつかない。
しばらくして私が再度目を開けた時、そこにいたのは。私の目に映ったのは…

酒木 陽子、私の親友の姿の姿だった。
『なあ、知ってるか?』
陽子が語りかけてくる。
私は知っている。この姿は。この情景は。
『弱い奴を守るのが正義なんだぜ。』
陽は赤く、彼女を照らす。目の前にある陽子に握られたこの手は、間違いない。幼い頃の私の手だ。
『それでな…』
頰を冷たい、いや温かいものが伝う。
そうだ、忘れていた。私が憧れたのは。
私は思わず、口を動かしていた。

『「正義は勝つんだ。」』

ー18ー

夢から覚醒した私はひとまず、肩に置かれた手を思いきり振り払った。
「いりません。」
そして、私はハッキリと口に出して言った。
彼女はしばらくの間、振り払われた自分の右手を驚きの表情で見つめていたが、やがて何かに納得したように右手をそっと下ろした。
「…そうか。じゃあ奴らは僕一人の判断で殺しに行くね。」
彼女はそう言って、私の横を通り過ぎようとする。
「行かせません。」
その足の向く先を手で遮った。
「おいおい、冗談だろう?奴らを庇おうっていうのかい?」
「別に庇うつもりなんてありませんよ。」
そう言いながらも私は手を下げない。
彼女は頑なな私の行動に苛立ちを覚え始めていた。
「理由を言ってくれよ。何が君をここまでさせるのか。」
そう言う彼女の右手は強く握りしめられている。
しかし私はその手を退けることなく、彼女の目を見つめた。
「正義です。」
「….?」
彼女は何も言わなかった。呆れてものも言えないのだろう。
いつのまにか、強く握られた右手から力が抜けていた。
「だいたい負けたからって、強い人に頼るのは卑怯ですよ。」
「…勧善懲悪じゃないか。子供にイジメられた亀だって、浦島太郎に助けてもらっていただろう。」
「亀と違って戦えますよ、私は。」
そう言って、ファイティングポーズをとった。
その様子を見た彼女は、しばらくの間あまりのバカに呆れ果てるような目で私を見つめていたが、しばらくして破れるような大声で笑った。
「あははは、はははははははは。」
「大丈夫ですか⁉︎」
人生に発狂する狂人のような笑い声に、思わず心配の言葉をかける。
「ああ、うん。大丈夫だよ。」
ある程度笑って満足したのか、彼女は笑い声を止め、しかし笑顔で言った。
「大丈夫なら良いですけど…。突然どうしたんです?」
「え?いや、まあ…」

「あの時助けたのが、君で良かったなって思ったんだよ。」

彼女は満面の笑みでそう答えた。

ー19ー

その後、私は彼女と共に帰途を歩いた。依然『夜』は続いている。まあ『夜』じゃなければ気軽に出歩けないわけだが。
「そう言えば君の親友…えっと、陽子ちゃんだっけ?あの子に対してはどうする気だい?」
「なんで知って…はもういいですね。別に変わりませんよ。地道にコツコツと頑張ります。」
「ふーん。なるほどね。」
そう言って、彼女は立ち止まった。
私も思わず立ち止まる。
「実は僕にちょっとした策があるんだけど。」
「吸血鬼パワーで洗脳とかやめてくださいね。」
「そんなことしないさ、全く。信用がないなあ…」
彼女は呆れ声で笑った。
彼女には是非、自分の今までの行動を振り返ってほしい。そしたら何かが見えてくるはずです。
「まあ一応、聞いてみましょう。何ですか、その策っていうのは?」
「ああ、うん。とりあえず…」
彼女は私の方へ振り返った。

「僕の家に来ないかい?助手君。」

「えっと色々と言いたいことがあるですけど。とりあえず、私って眷属じゃなかったんですか?」
「眷属兼助手って感じかな。ちょっと妖怪関係で手伝って欲しい事があってね。」
妖怪。その言葉にため息をつく。いよいよ私も人間から離れていくのだろうか。
だが、そんな私が感じていたのは不安ではなく、期待感であった。
そっと胸に手を当てる。
温かいものを感じた。
「それでどうにかなるって言うなら、分かりました。任せます。」
そう言う私の顔は少しにやけていたかもしれない。
「うんうん。任せておきなよ。じゃあ早速…」
「あ、待ってください。その前に一つ条件があります。」
私は腰に手を当て、一本指を立てた。
「条件?何かあるのかい?」
彼女は首を傾げている。
私は深呼吸して、息を整えた。
「助手君とかじゃなくて…その…名前で呼んでくれませんか?」
私の言葉に対し、彼女は私から目をそらして暫し虚空を眺めていたが、やがて私に視線を戻した。
「まあ…いいよ。君の名前は?」
それを聞いた私はきっと満面の笑みを浮かべていただろう。

「出光 夜乃(いでみつ よるの)です!」

闇夜が少し晴れた気がした。
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