暗き闇夜に光あれ

sino

文字の大きさ
上 下
6 / 27

1話-6 家族会議

しおりを挟む
ー21ー

家族会議。家族で何か重大なことを話し合う場として知られているそれは、しかし実のところ会議の体をなしていない代物だ。
そう、家族会議とは…

「よし。家族全員集まったところで始めようか。」
そう言って、男は手をポンと叩いた。
「議題は、娘が突然休学を申し出てきた件についてだ。」
彼の視線が萎縮する私を貫く。

そうそれは、得てして誰か一人に対する弾劾の場なのである。

ー22ー

事の発端は下校中の私と吸血鬼との会話にある。
当時、友人との付き合いに疲弊し藁にもすがるような思いだった私は、普段なら見向きもしないであろう甘言に喜んで飛びついてしまったのだ。
そして解決法が提示されたことで重荷が取れ気分の高揚していた私は、休学の件を夕食の用意をしていた母と居間で座る父に打ち明けてしまったのである。
それからは卓袱台がひっくり返るような大騒ぎだった。
母は驚きのあまり煮込んでいた鍋を倒し、父は電話で友人に腕の良いカウンセラーの心当たりを聞いて回った。
そうして事態が収束した後、私たちは唯一無事であったカボチャの煮付けを箸でつつきながら、家族会議という名の審問会を始めたのである。
「とりあえず、今まで何があったのかを説明してもらおうか。」
男、もとい父はいつもより少し低い声音で私に尋ねた。
一方で母はなにも言わず、俯いている。
「言わなきゃダメ、かな。」
私は振り絞ったような声で言った。
そんな私を父は困ったような顔で見つめる。
「一人で抱え込んでおきたいことなのか?」
「うん、まあ…」
正直、あまり人の前で言いたくない。
「そうか…」
そんな私の言葉を聞いた彼はため息を吐いて、
「じゃあ無理だ。諦めろ。」
そうキッパリと言いきった。
「へ?いや、大丈夫だって…」
「無理だ。俺にだって分かったんだ。隠せてないんだよ。それにな…」
父は母の方へ目を移す。
「母さんは、おそらくだがとっくに勘付いてたぞ。」
「え!?」
私もまた母の方を向いた。
2人の視線を浴びた彼女は、俯いたまま独り言のように呟いた。
「陽子ちゃんが最近来なくなったし、もしかしたら仲違いしたのかなって。」
「…バレてたんだ。」
私は今朝、玄関前で呼び止められたことを思い出した。
あの時には、既に事情を理解していたのだろう。
なおも母は続けた。
「でも事情が複雑そうだったから、簡単に手を出したら余計拗れるかと思って…」
「母さん…」
母さんには分かっていた。
分かった上で何を言うべきか悩んだのだ。
そしてあの時私が聞いたのは、その事について悩みぬいた末に出てきた言葉だったのだ。
『気をつけてね』
あの言葉に込められたものはどれほど大きかったのだろう。
そして、私はそんな思いをどうして軽く受け止めてしまったのだろう。
私は幾ばくかの後悔を感じながら、母の言葉に一層耳を傾けた。
母は震えた声でポツリと告げた。

「ごめんね。」

言葉は出なかった。
代わりに冷たいものが頬を伝った。

ー23ー

しばらくして、途中からカボチャの煮付けを頬張っていた父が声を出した。
「さて、経緯が分かったところで次に行こうか。」
「次?」
ひとしきり泣き終えた私はこう聞き返す。
「まだ話すことなんてあったかしら?」
私の声を母が代弁してくれた。
「いや、まだ終わってない。というよりこっちの方が本題だろう!」
父が呆れた声で話す。
「『休学』についてだよ。」
「「ああ。」」
母と私は同時に声をあげた。
そういえばそうだった。
「まったく…とにかく、なぜ休学なんて考えに至ったのか。詳しく聞かせてもらおうか。」
「そ…それは…」
思わず目をそらす。
まさか吸血鬼に助言されたなんて言えるはずがない。
さあどうやって言い訳をしようかと考えてるいたその時である。

「その件については僕が説明しよう!」
ガタンと扉が開く音とともに、件の吸血鬼が我が家の茶の間にやってきた。
何かを成し遂げたような清々しい顔をしている。
「えっと…どうしてここに?」
突然の来客にマイペースな父も困惑の声をあげる。見れば、父は既に立ち上がり、臨戦態勢を取っていた。
「僕が彼女に休学を提案したからね。僕に聞いた方が早いだろう。」
そんな様子の父を宥めるように彼女は事情を明かした。
「はあ…」
それを聞いて私の知り合いだと思ったのだろう。父は席に座り、彼女を追い出そうとはしなかった。
「それで、あなたは娘とどういった関係で?」
するとさっきまで驚きのあまり硬直していた母が、やっと調子を取り戻し彼女にそう尋ねていた。
「まあ…しがない小説家と迷える学生、といったところでしょうか。」
一瞬黙りながらも、彼女は母の質問に答えた。
しかし、よくこうもスラスラと嘘を言えるものだ。
作家の才能でもあるんじゃないだろうか。
「まあ、小説家さん⁉︎それでどのような本をお書きに?」
「ええ、まあこのような本を。」
そう言って彼女は胸ポケットから一冊の本を取り出した。
…まさか本当に書いていたとは。
「読んだことあるわ!まさか作者に会えるなんて!」
「おお、こんな本を読んでくれているとは。僕も読者と出会えて嬉しい限りです。」
それからは机の片側で作者と読者の趣味トークが始まった。
いや、家族会議はどうなったのだ。
そうして、謎の疎外感に襲われた私は同じ立場にいるであろう父に話しかけた。
「本当に母さんって、天然だよね。」
「ああ、まあな。」
それから父は横の母を眺めた。
「まあそういうところが良いんだけどな。」
それを聞いた私は全てを諦めて机に伏せ、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
前門の趣味トーク、後門の惚れっ気話である。

ー24ー

「まあそういうことで、一度離れてみて気分を変えてもらおうと思った訳です。」
私がちょうど意識を取り戻した時、そんな声が聞こえてきた。
俯せになっている間に、どうやら少し眠っていたらしい。
そして私が眠っている隙に、ある程度話が進んでいたようだ。
「それで休学の間は、気分転換に僕の仕事の手伝いをしてみないかと誘いまして。」
「良いじゃない!娘をぜひ!」
母はずいぶんと乗り気になってくれたようだ。
しかし父はそう簡単にはいかないだろう。
そう思い父の顔を見てみると、思った以上に柔和な表情をしていた。
「まあ良いんじゃないか。少し今の環境から離れてみるのも大事だろう。」
「良いの⁉︎」
驚きのあまり、大声を出してしまった。
寝ていると思っていた娘の大声に、父は目を大きく見開いた。
「お、おう。せっかくの誘いだしな。迷惑をかけないように。」
その言葉を待っていた。
人目がなければ、嬉しさのあまり飛び跳ねていただろう程である。
同じ気持ちだったのだろう、隣を見ると彼女も笑みを浮かべていた。
「ただし。」
その雰囲気に釘をさすように父が言葉を付け加えた。
「最大でも1週間だ。その間の勉強もちゃんとするように。」
「分かってるよ。」
「それと…」
そう言って、父は彼女の方を一瞥した。

「危ないことには巻き込まれるなよ。」

父は少し声を落として言った。

ー25ー

「私の親に催眠とかかけてないですよね。」
「いきなり失礼だな⁉︎君は⁉︎」
話し合いの結果、私は今日から吸血鬼の家にお邪魔することになった。
休学の手続きなどは父さんがなんとかしてくれるらしい。
「まあ、それにしても2人とも案外すんなりと受け入れてくれましたね。」
私は笑顔でそう言う。
「ああ、うん。」
しかし、彼女の顔は少し曇っていた。
「どうかしたんですか?」
「え?あ、いや…」
彼女は何かを思案しながら私に尋ねた。
「君の父親ってなんの仕事をしてるんだい?」
「父さんですか?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。
「さあ?サラリーマンじゃないんですか?」
「君はもうちょっと父親に興味を持つべきだと思うよ。」
彼女は呆れ声でそう言う。
「仕事が特徴的だったら覚えるとは思いますが、覚えてないってことは平凡ってことですよ。」
「そういうものなのかな。」
彼女もそれ以上は父について追及しなかった。
その後は特に意味のない会話が続いた。
そして、町の外れの森に入ってしばらくした後、彼女の足が止まった。
「さて、見えてきたよ。」
「え?」
そう言われて私は彼女から視線を外して、前を向く。
前方に森の開けた場所があることに気づいた。
私は咄嗟にそこへ駆け出していく。
そして、そこにあったのは…

大きな洋風の屋敷だった。
レンガ造りの落ち着いた赤を基調とした壁に、大きなドアが付いている。
取り付けられた多くの窓が、部屋の多さを物語っており、屋敷全体の重々とした雰囲気は、どこか小説に出てくるような幻想的な印象を与えていた。

私は呆気にとられていた。
「どうしたんだい?ほら、早く来なよ。」
彼女はそう言って、先へ歩いていく。
私はその後ろ姿を眺めた。

ここから先はきっと「新世界」だ。
見たことのないモノが、景色が私を呑み込まんと流れ込んでくるだろう。
気を緩めたら簡単に流される。
私は喉を鳴らした。

でも不安はない。
ここでの経験は私を成長させてくれる。
私を強くしてくれる。
陽子の隣に立てる程に。
だから進むのだ。
闇の中の光に向かって。
前へ前へと。

「待ってくださいよー!」
私はそう叫びながら、遠くなる背中を追うように走り出した。
しおりを挟む

処理中です...