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第五章 【満開】

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 教室につくと、既に葵が男子から冷やかされている。本人は、顔を真っ赤にして否定している。しかし、男子達は葵の言い分など聞く耳を持たない。

 僕は無言で葵の横を通り過ぎ、自分の席につく。その時、目が合った。幼馴染みの僕には分かる。本気で葵が助けを求める目。でも僕は、視線を逸らせた。既に部活でもクラスでも負け犬扱いの僕には、何も出来ないから。


「小沢って、友志日ともしび あおいと付き合ってんの?」

 放課後、教室で飛び交った質問が体育館でも飛び交う。葵は否定したが、小沢は嬉しそうな様子ではぐらかす。僕はそんな二人にやり場のない苛立ちを感じた。

 この日、練習の最後にチームメイト、茶汲ちゃくみ 由之生ゆのうと試合をした。
 レギュラーは、シングルス1人とダブルス2組の合わせて5人。相手の由之生は、シングルスならチーム5番手。
 ダブルスはコンビの相性もあるが、由之生に勝てなければレギュラーは難しい。僕は、青燈さんから教わったことを全て出して挑んだ。試合は競り合いになり、もつれる。

 勝てるかもしれない
 勝ちたい
 勝つんだ

 由之生は、パワーはないが頭脳的な配球で僕を走り回らせる。そして、緩急自在に翻弄してくる。
 しかし、それは毎日、青燈さんにやられたこと。だったら簡単には負けない。由之生をよく見ると、打つ瞬間、身体と逆向きにラケットの面を作るのが見えた。

 ここだ!

 フェイントに気づいた僕は、一歩早くシャトルに追いつく。僕の反応に驚いた由之生は、逆に反応が遅れる。その隙を見逃さない。打ち込んだシャトルが鋭くコートに突き刺さる。

 壮絶な試合はデュースへともつれ込み、終わってみれば 23-25 の惜敗。

 『すべてを出し切った負けは清々しい』
 そんなことをよく聞くが、全くそんなことは無い。悔しい、勝ちたかった。青燈さんに勝ちを報告したかった。それに…。

 コートサイドでは、男子部員たちが負けた僕をいつものように笑う。しかし、今日はいつもと違うことが起きた。由之生が、コートサイドにいる仲間たちに言った。

「やめろよ、あいつ頑張ってるじゃねーか」

 由之生が、今日に限ってなぜこんなことを言い出したのかわからない。僕はどうしていいか分からず無言でその場を離れる。バッグからタオルを取り出すと体育館から出て、水道で顔を洗う。すると背後から声をかけられた。

「今の態度は良くないよ。ちゃんと由之生にお礼言わなきゃ」

 その声は、葵。ここ一年くらい、まともに会話をすることなんて無かった。いつの間にか、僕が避けるようになっていたから。
 久しぶりに話しかけられたのが小言では堪らない。それに、小沢とのことが頭を過る。タオルで拭くようにしながら顔を隠し、小さく「うっせーな」と呟く。しかし、葵は言葉を続ける。

「それとね、小沢とは本当に関係ないから。お母さんに頼まれて買い物に行くとき偶然会っただけ。それを同級生に見られて、デートだと勘違いされただけだから。私は…」

 葵は、まだ何か言いたそうだったが、突然手で顔を隠すようにして振り返ると、そのまま行ってしまった。小沢とのことは僕には関係ないことだが、どこか安心した。

 体育館に戻ると、由之生に話しかけられた。
「俺とダブルス組んでくれ」

 それは、あまりに唐突なお願いだった。同学年の中で一番下手な僕。部員からはバカにされることしかない。そんな僕と組みたいなんて信じられない。

「なんで僕?」

 当然の質問。由之生は、まっすぐ僕を見たまま説明してくれた。頭脳派で堅実なプレイをする由之生にとって、ガムシャラで諦めないプレイをする僕なら、パワーやテクニックでは勝てない相手にも勝機を見いだせる。
 それに、部員たちからバカにされる中、腐らず頑張り、最近は急激に上達していること。それが、組みたい理由だそうだ。説明の最後に、今まで他の部員たちの振る舞いを止めなかったことについてお詫びもされた。

「こちらこそお願いするよ」
 そう言いたかった。けど、誉められることに慣れていない僕はこの状況を受け止められず、答えを保留した。
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