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【空に輝く月】
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目を覚ます。眠ってしまっていたようだ。夢を見ていた。きち子の元へ行こうとする夢。でも、たどりつけなかった夢。
クリスマスの深夜。パソコンで雀心を開く。起動している間に、窓から夜空を見上げると、月が輝いている。モニターに視線を戻すと、対局申請。
夢じゃなかったのかもしれない。僕はそう思いながら、承認して対局を始める。
申請者は、きち子。
人生でたった一人、好きになった女性。麻雀という同じ趣味のおかげで仲良くなった。
「私より麻雀の弱い男と結婚する気は無い」
麻雀で勝てない僕は、彼女を振り向かせることは出来なかった。
クリスマスの夜、雀荘で二麻の対局をした。初めてきち子からリードしてオーラスを迎えた。今度こそ一人の男として見てもらおうと思ったのに、初めて二人で朝を迎えようと思ったのに、嶺上開花でまくられた。その帰りに、彼女が乗った終電が雪で横転。彼女は月へと旅立ってしまった。
一年後のクリスマス。きち子のいない人生を終わりにしようと、家に火を放った。雀心を打ちながら、果てようと決めていた。
空に月が輝いているのが窓から見えたその時、きち子から対局申請が届いた。
「きち子が僕を月へ呼んでいる。今度こそ勝ってきち子の元へ行こう」
でも、勝てなかった。焼け焦げた家の中で生き残った僕に、月からきち子が言った。
「生きて、私より強くなって。私は月で待っているから」
去年のクリスマスもきち子に負けた。でも、今年こそ、今日こそ勝てる気がしていた。
きち子と僕は、ランダムに選ばれた2人の対局者から点棒を吸い上げるように和了を重ねる。オーラスを迎えて、きち子がリード。この展開は、今まで何度も経験したこと。そう、何度も経験した展開。僕はここで、打ち方を変える。
僕の手は、順調に対子をつくって行く。対面のきち子の河は荒れている。手も荒れているのだろう。僕は、いつも孤立する字牌は早々に切るが、今回はあえて白を抱えた。
残った牌は3つ。未だ一向聴の僕は勝ち目がないのか。ツモると聴牌になったが、残り2牌では、ツモでの和了は無い。
白を切ると、一瞬時間が止まるったような気がした。雀心は、誰かが鳴く時この間が生じる。
「だ、だめだきち子。その白を鳴いたらきみは…、僕は、この時間は…」
僕は、勝ちたいのか負けたいのか、終わらせたいのか終わらせたくないのか、自分でも良くわかっていない。でも、勝ちにいった。終わらせにいった。
「ここはポンするよ」
対面のきち子、ピンク色の巫女服姿でうさぎをあしらった可愛らしい
アバターがポンを宣言し、牌を打つ。これで、最後の1牌が僕に回ってくる。
そう、僕は知っていた。きち子が白を待っていたことも、最後の牌が九萬であることも。
画面に『ツモ』が表示される。
そう、僕は知っていた。今日、何度もオーラスで聞いた「和了ね、私のほうが強いでしょ」の勝利宣言。その度に、きち子に会いに行く夢を見た。そして、目を覚ますと対局前に戻っていた。
僕が勝つまで何度でも、繰り返し対局させられていた。僕の身体は、もう限界なのだろう。
きち子からチャットが届く。
『ダメ、生きて。あなたは私の分も生きて』
僕は首を横に振り、チャットを返す。
「もう、十分だよ」
『そうだ、あなたは勝ったんだからなんでもしてあげる』
『だから、もっと生きたいて願って。そしたら月の神様が…』
きち子はヒステリックを起こしてしまったのだろうか。さすがに言っていることに無理がある。僕はもう、十分生きた。窓から空を見上げると、今も月が輝いている。
再びチャットを打つ。
「きち子、今夜も月が綺麗だね」
そして、ゆっくりと『ツモ』をクリックする。
七対子 ドーーーーーン
その瞬間、爆発したような痛みが胸に走る。もう、分かっていた。自分の体調のこと。もう、生きられない身体であること。
きち子が電車事故で亡くなって60年。毎年、クリスマスには彼女が雀心に現れた。そして、僕は負け続けた。80歳を過ぎて、寿命を迎えてしまったようだ。
モニターでは、最後の九萬が突然輝き、流れ星のように飛ぶ。役満を和了するとアニメーションによる演出があるのは知っていたが、海底模月での逆転勝利でも演出があるとは聞いたことが無い。
九萬が海へと潜る。すると海の中から汽車が現れ、月へ向かって走っていく。Noには、九萬が3つ並んでいる。
そのモニターを眺めながら、ゆっくりと意識が薄れる。
夢を見ているのだろうか。
月へ向かって走る汽車。銀河を駆けるスリー九萬の汽車で、月へ、きち子の元へ向かっている。
その時、きち子の声がした。
「きっと、これから二人で一緒に見る月は、もっと綺麗だよ」
― 和了 —
クリスマスの深夜。パソコンで雀心を開く。起動している間に、窓から夜空を見上げると、月が輝いている。モニターに視線を戻すと、対局申請。
夢じゃなかったのかもしれない。僕はそう思いながら、承認して対局を始める。
申請者は、きち子。
人生でたった一人、好きになった女性。麻雀という同じ趣味のおかげで仲良くなった。
「私より麻雀の弱い男と結婚する気は無い」
麻雀で勝てない僕は、彼女を振り向かせることは出来なかった。
クリスマスの夜、雀荘で二麻の対局をした。初めてきち子からリードしてオーラスを迎えた。今度こそ一人の男として見てもらおうと思ったのに、初めて二人で朝を迎えようと思ったのに、嶺上開花でまくられた。その帰りに、彼女が乗った終電が雪で横転。彼女は月へと旅立ってしまった。
一年後のクリスマス。きち子のいない人生を終わりにしようと、家に火を放った。雀心を打ちながら、果てようと決めていた。
空に月が輝いているのが窓から見えたその時、きち子から対局申請が届いた。
「きち子が僕を月へ呼んでいる。今度こそ勝ってきち子の元へ行こう」
でも、勝てなかった。焼け焦げた家の中で生き残った僕に、月からきち子が言った。
「生きて、私より強くなって。私は月で待っているから」
去年のクリスマスもきち子に負けた。でも、今年こそ、今日こそ勝てる気がしていた。
きち子と僕は、ランダムに選ばれた2人の対局者から点棒を吸い上げるように和了を重ねる。オーラスを迎えて、きち子がリード。この展開は、今まで何度も経験したこと。そう、何度も経験した展開。僕はここで、打ち方を変える。
僕の手は、順調に対子をつくって行く。対面のきち子の河は荒れている。手も荒れているのだろう。僕は、いつも孤立する字牌は早々に切るが、今回はあえて白を抱えた。
残った牌は3つ。未だ一向聴の僕は勝ち目がないのか。ツモると聴牌になったが、残り2牌では、ツモでの和了は無い。
白を切ると、一瞬時間が止まるったような気がした。雀心は、誰かが鳴く時この間が生じる。
「だ、だめだきち子。その白を鳴いたらきみは…、僕は、この時間は…」
僕は、勝ちたいのか負けたいのか、終わらせたいのか終わらせたくないのか、自分でも良くわかっていない。でも、勝ちにいった。終わらせにいった。
「ここはポンするよ」
対面のきち子、ピンク色の巫女服姿でうさぎをあしらった可愛らしい
アバターがポンを宣言し、牌を打つ。これで、最後の1牌が僕に回ってくる。
そう、僕は知っていた。きち子が白を待っていたことも、最後の牌が九萬であることも。
画面に『ツモ』が表示される。
そう、僕は知っていた。今日、何度もオーラスで聞いた「和了ね、私のほうが強いでしょ」の勝利宣言。その度に、きち子に会いに行く夢を見た。そして、目を覚ますと対局前に戻っていた。
僕が勝つまで何度でも、繰り返し対局させられていた。僕の身体は、もう限界なのだろう。
きち子からチャットが届く。
『ダメ、生きて。あなたは私の分も生きて』
僕は首を横に振り、チャットを返す。
「もう、十分だよ」
『そうだ、あなたは勝ったんだからなんでもしてあげる』
『だから、もっと生きたいて願って。そしたら月の神様が…』
きち子はヒステリックを起こしてしまったのだろうか。さすがに言っていることに無理がある。僕はもう、十分生きた。窓から空を見上げると、今も月が輝いている。
再びチャットを打つ。
「きち子、今夜も月が綺麗だね」
そして、ゆっくりと『ツモ』をクリックする。
七対子 ドーーーーーン
その瞬間、爆発したような痛みが胸に走る。もう、分かっていた。自分の体調のこと。もう、生きられない身体であること。
きち子が電車事故で亡くなって60年。毎年、クリスマスには彼女が雀心に現れた。そして、僕は負け続けた。80歳を過ぎて、寿命を迎えてしまったようだ。
モニターでは、最後の九萬が突然輝き、流れ星のように飛ぶ。役満を和了するとアニメーションによる演出があるのは知っていたが、海底模月での逆転勝利でも演出があるとは聞いたことが無い。
九萬が海へと潜る。すると海の中から汽車が現れ、月へ向かって走っていく。Noには、九萬が3つ並んでいる。
そのモニターを眺めながら、ゆっくりと意識が薄れる。
夢を見ているのだろうか。
月へ向かって走る汽車。銀河を駆けるスリー九萬の汽車で、月へ、きち子の元へ向かっている。
その時、きち子の声がした。
「きっと、これから二人で一緒に見る月は、もっと綺麗だよ」
― 和了 —
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