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第壹刃 剣聖は第二の人生も剣に捧げるようです。

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 格子窓が照らすわずかな月明かりの下で、わしは鎖に繋がれていた。
 煩わしい鉄の戒めから目を背けて、わしは寝返りを打つ。

 ――ああ、口惜しや!

 なにが罪人じゃ!
 わしは天に名を轟かす剣聖、〈叢雲〉のツルギじゃぞ!
 それをなんじゃ!
 堕ちた剣聖だの、疫病神だの好き勝手言いよって!

 思わずわしは拳を握りこんだ。
 と、同時に気づく。

 なんて、細い腕じゃ、と。
 かつて戦場を駆け巡った際の剛腕はもうない。
 戦場では負け知らずだったはずなのに、今ではもう見る影もない……。

 並居る強者全てに勝利し、名声を欲しいままにした。
 兵法など知らぬとばかりに最前線で剣を振るい続けた。
 戦争が終結するまで、敵を斬り続けた。

 やがて剣の腕を見込まれて王宮指南役などという大役に抜擢された。
 王族やら貴族やらに剣術を教えるということらしかった。

 そこで、わしは今まで通りに部下にさせていた稽古をやらせた。
 戦場で戦うために必要最低限の教練だ。
 しかし、ものの三日も経たずに貴族どもは来なくなった。
 わしのしごきは常軌を逸しているなどという世迷い言をのたまって、だ。

 何を言っているのだろうか?
 たかが素振り千回を午前中に行い、午後からはひたすら打ち合い。
 腰が立たなくなるまで追い立て続けただけだ。
 特訓としては極めて標準的だろうて。
 ……部下たちはついて来れていたぞ?
 そういえば、異動願いの数も尋常ではなかったとか言われたような言われなかったような……?

 ともあれ、そんなこんなで逆上した貴族どもからクビを宣告され、辿り着いた先は辺境伯の領地だった。

 そこで用心棒まがいの仕事にありついたはいいものの、今度は継承者争いのゴタゴタに巻き込まれることになった。

 暗殺に脅えた領主の長男に難癖つけられて着の身着のまま領地を追い出された時は呆れて声も出なかったくらいだ。

 そんなこんなでくだらぬ諍いに疲れ果て、森の奥でひっそりと余生を過ごそうとしていた矢先、次は夜盗だなんだと追われることになった。

 そこまでついてないか我が人生。
 この世界に神などというものがいるのなら、もう少し手心というものがあってもいいのではなかろうか。

 そうして今は檻の中という訳だ。
 口惜しいに決まっている。

 わしは剣の道を極めたかった。
 それだけだったというのに。
 何故こうも上手くゆかぬ。
 何故こうも歯がゆい思いをせねばならぬのだ。

 何が悪かった?
 剣を私利私欲に使ったことなどなかった。
 ただ、わしは剣の道の頂きを夢見ただけだ。
 だのにわしは、ここにいる。

 掃き溜めのような臭いのする牢の虜囚として、生涯を終えようとしている。

 恨むべきは神か?
 こんな宿命を背負わせた愚かな神か?

 あるいは自分か?
 運命すら斬り拓けなかった愚かな男の当然の末路か?

 ふいに、涙がこぼれた。
 枯れ尽くしたはずの涙。

 剣術は自由だ。
 剣さえあればどんな不自由も斬り拓ける。
 未来すら斬り拓ける。
 それが目に映るならどんなものだって斬り割いてみせる。

 だから、どうか……もう一度………………、

 剣を……

 …………握らせ、……t――
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