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第參刃③
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身支度を整えたわしらは、商店エリアへと移動した。
町の中心とも言えるこの辺りにはパン屋や果物屋、八百屋など、多くの食品店が並んでいた。
小さな町ではあるが、それなりの広さはある。
イオリはというと、通りにつくなり駆け足気味にわしの袖を引っ張ってくる。
「師匠! あっちから美味しそうな匂いがします! こっちの食べ物はなんでしょう?! 見たこともないです!」
「これこれ、そんなに引っ張るでないわ」
手を引かれながら一通り町を見渡してみる。
こう言ってはなんだが、正直わしとしてはあまり賑わっているという感想は出て来ない。
前世でもっと繁盛している街を見たことあるからだろう。
しかし、イオリは違う。
イオリの世界ではこれが物珍しい光景なのだ。
年を取るとそんな当たり前の感情すら、消えかけてしまう。
そんないわゆる世代間格差(ジェネレーションギャップ)に気を取られていると、目的としていた店の前に辿り着いていた。
そこは芳しい香りの漂うパン屋だった。
イオリがよだれを拭いながら物欲しそうな顔をしているが、生憎と目的は食事ではない。
「すまぬが店主よ、盗人の件について話を聞きたいんじゃが……」
「あん? ……ってひょっとしてアンタは……」
パン屋の店主はふくよかな女性だった。
どこか貫禄のある面持ちをしている。
わしの顔を見るなり、箔がついた顔に満面の笑みが浮かぶ。
「おやおや、斬り捨て御免の坊やじゃないか! あん時は助かったんだよ!」
どうやら以前の盗人騒動のときの被害者らしかった。
というか特に切り捨てた覚えはないのだが……。
……いや、もしかしたら峰打ちしたときに言っていたかもしれないが……。
「アンタがまた来たってことは、もしかしてまた助けてくれるのかい?」
「いや、まずは情報を探っておるだけじゃ」
「助かるよ! じゃあちょっと聞いとくれよ……」
「いや、まだ助けるとは言っておらんのじゃが……」
店主の押しがやたらと強かったが、ひとまず情報を得られたのだった。
わしらはそんなふうにして盗人について聞いて回り、話を整理するためにも少し町を歩くことにした。
「町跡に身寄りのいない子供たちが住んでいて、そいつらが盗みを働いているらしいのぅ」
「ふぉうふぁんふぇふふぇ(そうなんですね)」
「元々彼奴らは盗みをしていた。だが数も少なかったため、ほとんど黙認をしていた。だが、最近になって盗みの数が異様に増えた。どうやら取りまとめるリーダー格が現れたらしい」
「ふぃーふぁーふぁふ……!(リーダー格……!)」
「どうやらそのリーダー格とやら、だいぶ小賢しい童(わっぱ)のようじゃな」
「ふぁっふぁ……!(わっぱ……!)」
「ところでイオリよ」
「ふぁい?(はい?)」
「飲み込んでから喋るんじゃ」
「……ごくん。はい」
わしも食事を終え手を叩くと、イオリも椅子代わりにしていた大石から立ち上がった。
イオリの口の周りについた食べかすを拭ってやりながら、わしらはぐるりと町の周りを回ってから宿に帰った。
すぐに廃墟に向かっても良かったのだが、一つだけ気がかりなことがあったのでそれを確認したかったのだった。
……そもそもどうして昔の住人は、旧町跡から今の場所へ移動して来たのだろうか。
なにか移動せねばならない事情があったのだろうか。
宿に戻って話を訊いてみると、女将は先月の 事件でも語るような口振りでこう告げた。
「ああ、確か百年くらい前だったかねぇ。ちょっとした事件があったのさ」
「百年じゃと? そんなつい最近みたいな口振りでよく言うのぅ」
「まぁ、十歳そこらのアンタからしたら百年なんて途方もない年月かもしれないけれども、千年近く生きられるアタシらからしたらほんのちょっと前の出来事さね」
そういえば、忘れがちではあったがわしらの種族は妖魔族。
わしのよく知る人間ではないのだった。
まぁとにかく、と女将は付け足した。
「そのほんのちょっと前に町に住めなくなったんだよ。とんでもないもんが現れちまってねぇ」
「とんでもないもの?」
「火鱗蜥蜴(サラマンダー)だよ。その身体は大木の如く、その爪は一つ一つが剣の如く、吐く息は岩をも溶かす灼熱。それはそれは恐ろしい化物だったよ。まぁ、一日暴れたあとはすぐに姿を消したから少し離れた場所にまた町を作った訳だけど」
あれ以来見かけていないんだし、もう居ないんじゃないかねぇと、女将はケラケラと笑っていた。
まぁそれならそうで良いのだが。
何か少しだけ引っ掛かりを覚えるが、それが何なのかは皆目見当もつかない。
明日あたりに出向いてみるとしようか。
わしはそんなふうに考えをまとめたのだった。
そうして宿で夕餉として揚げ鶏の定食をいただき、口元を汚しがちなイオリに布巾を渡してやっていたわしには気づきようもなかった。
まさにその時、彼奴等が悪さを働いていたなどとは。
ましてやそれが大変な事態を引き起こすことになろうとは。
想像だにしていなかったのだった。
翌朝、わしはまず火鱗蜥蜴について調べることにした。
女将の話では町長の家には古い本がいくつかあって、その中にはもしかしたら火鱗蜥蜴の生態について書かれたものもあるかもしれない、とのことだった。
わしはその本を調べようと思ったのだが、イオリまで付き合わせるのもどうだろうか。
空いた時間に勉学を進めるのは勝手だが、読書を教えるのもわしには荷が重い。
興味のある本はあるかと訊いてはみるが、あまりピンと来てないようだった。
まぁ、それが一般的な子供の反応だろう。
「少し町でも見てくるか?」
そう訊くと途端にパッと顔を輝かせる。
まぁ、そこまで過保護に育ててはいないので、あまり離れるなよと声を掛けると、コクコクと頷いてすぐにどこかへ走り去ってしまう。
ああ見えてそこらの大人と同等くらいの技量はある。
問題はないだろう。
そんなふうにしてわしは町長宅にお邪魔するのだった。
火鱗蜥蜴の生態は、一言で言うなら随分と気が長い生き物のようだった。
基本的に地中で暮らし、百年に一度地上に姿を現すらしい。
卵は地上に産み落とされ、魔力の高い生き物を襲って育つ。
充分に栄養を蓄えると地中へ潜り、高純度の魔石を食らって成体になるという話だ。
幼体の時点で成人男性と同じくらいの重量があり、成体はその十倍以上だとか。
前回現れたものが幼体だったのか成体だったのかは分からない。
だが、どちらにせよ百年前に出現したのなら、丁度今頃現れてもおかしくはないだろう。
警戒はしておくか。
わしはそう結論づけて本を閉じた。
町の中心とも言えるこの辺りにはパン屋や果物屋、八百屋など、多くの食品店が並んでいた。
小さな町ではあるが、それなりの広さはある。
イオリはというと、通りにつくなり駆け足気味にわしの袖を引っ張ってくる。
「師匠! あっちから美味しそうな匂いがします! こっちの食べ物はなんでしょう?! 見たこともないです!」
「これこれ、そんなに引っ張るでないわ」
手を引かれながら一通り町を見渡してみる。
こう言ってはなんだが、正直わしとしてはあまり賑わっているという感想は出て来ない。
前世でもっと繁盛している街を見たことあるからだろう。
しかし、イオリは違う。
イオリの世界ではこれが物珍しい光景なのだ。
年を取るとそんな当たり前の感情すら、消えかけてしまう。
そんないわゆる世代間格差(ジェネレーションギャップ)に気を取られていると、目的としていた店の前に辿り着いていた。
そこは芳しい香りの漂うパン屋だった。
イオリがよだれを拭いながら物欲しそうな顔をしているが、生憎と目的は食事ではない。
「すまぬが店主よ、盗人の件について話を聞きたいんじゃが……」
「あん? ……ってひょっとしてアンタは……」
パン屋の店主はふくよかな女性だった。
どこか貫禄のある面持ちをしている。
わしの顔を見るなり、箔がついた顔に満面の笑みが浮かぶ。
「おやおや、斬り捨て御免の坊やじゃないか! あん時は助かったんだよ!」
どうやら以前の盗人騒動のときの被害者らしかった。
というか特に切り捨てた覚えはないのだが……。
……いや、もしかしたら峰打ちしたときに言っていたかもしれないが……。
「アンタがまた来たってことは、もしかしてまた助けてくれるのかい?」
「いや、まずは情報を探っておるだけじゃ」
「助かるよ! じゃあちょっと聞いとくれよ……」
「いや、まだ助けるとは言っておらんのじゃが……」
店主の押しがやたらと強かったが、ひとまず情報を得られたのだった。
わしらはそんなふうにして盗人について聞いて回り、話を整理するためにも少し町を歩くことにした。
「町跡に身寄りのいない子供たちが住んでいて、そいつらが盗みを働いているらしいのぅ」
「ふぉうふぁんふぇふふぇ(そうなんですね)」
「元々彼奴らは盗みをしていた。だが数も少なかったため、ほとんど黙認をしていた。だが、最近になって盗みの数が異様に増えた。どうやら取りまとめるリーダー格が現れたらしい」
「ふぃーふぁーふぁふ……!(リーダー格……!)」
「どうやらそのリーダー格とやら、だいぶ小賢しい童(わっぱ)のようじゃな」
「ふぁっふぁ……!(わっぱ……!)」
「ところでイオリよ」
「ふぁい?(はい?)」
「飲み込んでから喋るんじゃ」
「……ごくん。はい」
わしも食事を終え手を叩くと、イオリも椅子代わりにしていた大石から立ち上がった。
イオリの口の周りについた食べかすを拭ってやりながら、わしらはぐるりと町の周りを回ってから宿に帰った。
すぐに廃墟に向かっても良かったのだが、一つだけ気がかりなことがあったのでそれを確認したかったのだった。
……そもそもどうして昔の住人は、旧町跡から今の場所へ移動して来たのだろうか。
なにか移動せねばならない事情があったのだろうか。
宿に戻って話を訊いてみると、女将は先月の 事件でも語るような口振りでこう告げた。
「ああ、確か百年くらい前だったかねぇ。ちょっとした事件があったのさ」
「百年じゃと? そんなつい最近みたいな口振りでよく言うのぅ」
「まぁ、十歳そこらのアンタからしたら百年なんて途方もない年月かもしれないけれども、千年近く生きられるアタシらからしたらほんのちょっと前の出来事さね」
そういえば、忘れがちではあったがわしらの種族は妖魔族。
わしのよく知る人間ではないのだった。
まぁとにかく、と女将は付け足した。
「そのほんのちょっと前に町に住めなくなったんだよ。とんでもないもんが現れちまってねぇ」
「とんでもないもの?」
「火鱗蜥蜴(サラマンダー)だよ。その身体は大木の如く、その爪は一つ一つが剣の如く、吐く息は岩をも溶かす灼熱。それはそれは恐ろしい化物だったよ。まぁ、一日暴れたあとはすぐに姿を消したから少し離れた場所にまた町を作った訳だけど」
あれ以来見かけていないんだし、もう居ないんじゃないかねぇと、女将はケラケラと笑っていた。
まぁそれならそうで良いのだが。
何か少しだけ引っ掛かりを覚えるが、それが何なのかは皆目見当もつかない。
明日あたりに出向いてみるとしようか。
わしはそんなふうに考えをまとめたのだった。
そうして宿で夕餉として揚げ鶏の定食をいただき、口元を汚しがちなイオリに布巾を渡してやっていたわしには気づきようもなかった。
まさにその時、彼奴等が悪さを働いていたなどとは。
ましてやそれが大変な事態を引き起こすことになろうとは。
想像だにしていなかったのだった。
翌朝、わしはまず火鱗蜥蜴について調べることにした。
女将の話では町長の家には古い本がいくつかあって、その中にはもしかしたら火鱗蜥蜴の生態について書かれたものもあるかもしれない、とのことだった。
わしはその本を調べようと思ったのだが、イオリまで付き合わせるのもどうだろうか。
空いた時間に勉学を進めるのは勝手だが、読書を教えるのもわしには荷が重い。
興味のある本はあるかと訊いてはみるが、あまりピンと来てないようだった。
まぁ、それが一般的な子供の反応だろう。
「少し町でも見てくるか?」
そう訊くと途端にパッと顔を輝かせる。
まぁ、そこまで過保護に育ててはいないので、あまり離れるなよと声を掛けると、コクコクと頷いてすぐにどこかへ走り去ってしまう。
ああ見えてそこらの大人と同等くらいの技量はある。
問題はないだろう。
そんなふうにしてわしは町長宅にお邪魔するのだった。
火鱗蜥蜴の生態は、一言で言うなら随分と気が長い生き物のようだった。
基本的に地中で暮らし、百年に一度地上に姿を現すらしい。
卵は地上に産み落とされ、魔力の高い生き物を襲って育つ。
充分に栄養を蓄えると地中へ潜り、高純度の魔石を食らって成体になるという話だ。
幼体の時点で成人男性と同じくらいの重量があり、成体はその十倍以上だとか。
前回現れたものが幼体だったのか成体だったのかは分からない。
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