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第參刃④

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 わしが火鱗蜥蜴(サラマンダー)について調べている間に、イオリは姿を消していた。
 目を離せない子供ではあるまいし、なんて思ってはみたものの、よく良く考えればまだまだ年齢で言えば子供なのは間違いない。
 事故を起こしたり人様に迷惑をかけたりはしないだろうから、そういう意味では子供扱いはしていない。
 だが、何をするかは予測不能だ。その一点だけは子供のようだと言わざるを得まい。

 少し通りを歩くとやいのやいのと騒がしい声が聞こえた。
 通りで何かあったのだろうか。
 訊いてみると、先程またもや大立ち回りが行われたらしい。
 それに巻き込まれたのは、イオリだった。
 イオリは盗みを働いた子供たちを追いかけて廃墟となった町跡のほうへと向かったらしい。
 子供数人に囲まれたところでやられるほどヤワな鍛え方をしたつもりはないが、少しばかり嫌な予感がしたので、わしは僅かに足を速めるのだった。

 そうして、わしはイオリの初陣に出くわしたのだった。
 正直に言えば、わしは、盗みを働く悪童たちを軽んじていた。
 精々が徒党を組んで盗人を気取る程度だろう思っていた。
 まさか罠を用意し、武器まで手に入れているとは。
 しかもわしの作った武器を盗んでいた。
 善は急げというが、わしは凶器を大量に抱えていたという事実を失念していたのだった。
 子供たちだからこそ、まだこの程度で済んだとも言えよう。
 もっと性質の悪い奴らに狙われていたら町が滅んでいた可能性だってあった。
 わしは本当に阿呆だ。
 相変わらず剣ばかりに固執して他のことをまったく考えられない。
 もう二度と前世のような失態はごめんだというのに。
 更に狡猾な彼奴らは落とし穴を用意して待ち構えていた。
 こうして追ってくる者がいることを予期していたのだ。
 計画の立案者は、……中央でイオリに足を噛まれていた小娘のようだった。
 年は、……イオリと同じか少し上かもしれない。
 ――この小娘、盗人として生きるのは少々惜しいやもしれぬ。

 わしはイオリの両脇を掴むと一気に落とし穴から引き抜いた。
 イオリは気を失ったままなので、そっと地面に下ろしてやる。
 なんだか少しずつ親心のようなものを抱き始めている自分に気づき始めたが、首を振って余計なことを頭から放り出した。
 そして、この現状を生み出した小娘を見やる。

 ボロ布を纏っているのは他の子供たちを変わらないが、派手なオレンジ色の髪を簪でまとめていた。
 このあたりでは見ない髪色だ。種族が違うのだろうか。

「あん? なんやお前? ウチに文句でもあるんか?」

 わしの視線を受けて、小娘は訝しげに敵対心を向けてくるが、右足を庇っているところを見るに、イオリに噛まれたダメージは小さくないらしい。
 弟子の健闘に心のなかでガッツポーズを掲げながら、わしは答えた。

「いいや、文句などないわい。ただ愛弟子を可愛がってくれた分の礼をせねばなるまいなと、そう考えていただけじゃ」

 そう言うと、小娘は姿勢を下げて臨戦態勢を取る。
 ――ふむ。悪くない。
 わしもまだ年齢上子供だが、身長はわしのほうが3寸(約10センチ)程度高い。
 身長差がある場合は姿勢を低くして足元を狙うという戦略は間違っていない。
 また、低い姿勢の相手をする場合は自然と振り下ろしが多くなる。
 そうなれば守る側は攻撃を読みやすいという利点がある。
 それを僅かな経験からか、直感からか導き出したということは称賛すべきことだ。
 愛弟子を痛めつけた相手であることなど忘れて、わしは原石の観察を続けた。

 わしが剣を上段に構えると、周囲の子供たちも思い思いに武器を構える。
 リーダー格の小娘と比べると取り巻きの構えは甘く子供らしい。
 構えらしい構えもなく、武術と呼べる領域にはとても及ばない。
 わしは小娘の技量を確かめたくなってきた。

「まずは軽めにゆくぞ。受け止めてみぃ」

 振り下ろされた刃を、小娘は二刀の短刀で受け止める。
 剣戟が耳を撫ぜる。
 懐かしい感覚にわしは心が焦がれる感覚を覚えた。
 ――そうじゃ。これこそがわしの望む戦いじゃ。
 小娘は歯を食いしばり、一撃をこらえた。
 一息入れる、――そんな隙を与えない。
 わしは続けて第二撃を加えた。
 さすがに小娘は受け損ねて、大きく体感が崩れた。
 そして三撃目。
 小娘はついに短刀を手放した。
 四撃目――、が来る前に小娘は動き出していた。
 わしに掴みかかり無理矢理に剣を奪おうとする。
 ――その意気や良し!
 わしは思わず笑みを浮かべてしまう。
 この負けん気は剣術に必要なものだ。
 そして、イオリにも良い刺激になろう。
 わしが合気の要領で小娘を投げ飛ばすと、小娘はゴロゴロと地面を転がった。
 よろよろと立ち上がる小娘にわしは意気揚々と言い放つ。

「気に入ったぞ小娘! わしの弟子にならんか」
「うっさいわ! なんやあんた、年寄りくさい喋り方の分際で!」

 小娘は顔についた土を払う。

「それにウチは小娘やあれへん! ラキっちゅー立派な名前があるんや!」
「ほう、それは面白――」

 そんなラキの叫びに呼応したかのように、突如轟音が鳴り響いた!
 わしは瞬時に周囲を見回すが、音源は見当たらない。
 ――いや……。
 音源は視界の外にいる。
 というよりも、地面そのものが鳴り響いているというべきだろうか。

「お主ら、ここを離れろ!!」

 言うが早いか、地面が崩れた。
 イオリを担いで飛び退ろうとするが、足を痛めたラキが逃げ遅れていた。
 わしは右脇にイオリ、左脇にラキを抱えるとそのまま飛び上がった。
 と、同時に今まで立っていた地面が崩れてゆく。
 そして崩れた砂礫の中から、轟音の正体が姿を現した。

「やはりおったか、火鱗蜥蜴(サラマンダー)……」

 そいつは口からマグマを燻らせながら現れた。
 マグマを司る地底の竜。
 この町を一度廃墟にした怪物。
 わしは呆然と考える。
 どうやら、嫌な予感というものは当たってしまうらしかった。
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