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久瀬君のカレーなる甘い一夜 1

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「はぁ!はぁああ!はぁ!」
 
 駅から死にものぐるいで走った。
 時間は9時を過ぎている!
 せっかくの安東先輩との時間を1秒いや0.001秒たりとも無駄にしたくない!
 心臓が口から飛びさんばかりに、目を見開いて、猛ダッシュした。

 途中の坂もなんのその!
 恋愛の障害に比べれば屁でもねぇ!

 おそらく、イケメンとは思えない形相だったに違いない。

 「はぁああ!着いたぁああ!」

 わずかに残った気力を振り絞って、インターホンを押した。

 ピンポーン!

「はあ~い!今行きまーす。」

 あ…安東先輩の甘い声…。
 生き返る…。

 ガチャ。
 ドアを開けると、香しいカレーの香りが、俺の鼻をかすめた。

 「いらっしゃい。
 ん?走ってきたのか?
 随分とやつれてるな…。」
「あ…いやその。
 お腹空かせるのに、軽くランニングを…。」

 まさか、安東先輩に会いたくて会いたくて、猛ダッシュして来たなんて言えねぇ。

「良かった。
 ならいっぱい食べられるね。
 今晩は中兄ちゃんも帰ってくるかわからないから、沢山食べてよ。」
「えっ…ええ?
 中也さん、今夜居ないんすか?」
「デートだしね。
 明日は仕事だけど…彼女の都合もあるし、もしかしたら帰宅しないで、ホテルに泊まるかもね。
 ほら、上がってソファで一息付いてからカレーを食べよう。」

 安東先輩はサラリとそう言った。

 …1つ屋根の下…邪魔する者のいない空間…。
 理性!理性!理性!

 俺は『理性』の二文字を唱えながら、家の中に足を踏み入れた。

「お邪魔…します…。」

 今夜は眠れそうにないな…。

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