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第一章
王様と乞食 ⓵
しおりを挟む何故だ、何故負けた。
何故我らは敗北して、全てを失った。
これから何をすればいい。
誰も側に居なくなった今、生きている意味され見つけられない。
身体と心が2つに分かれて重ならない。
「最期の…お願いです。
生きて…生きて…最後まで生き抜いて。…幸せに。」
大火の熱風で胸が焼ける様に咳き込み、思考が混乱をきたす中。
濁った赤い雨に、顔を汚しながら私の袖を引いて彼女は笑った。
さっきまで苦しさに悶えていた表情が、最後に私を見つめるなり微笑んで。
呪いの言葉だ。
呪いの記憶だ。
呪いの足枷だ。
この瞬間、死ぬ事より辛いことを強いられたのだ。
ただ、ただ生きる。
命をくらい、懺悔をし、身体と脳を休めるだけの毎日。
あれから何日が過ぎたのか、何年が過ぎたのか、もう時間の感覚さえもなくなっていた。
木々がしげる森の奥。
朝靄の中、僅かに芽吹いたサツキ菜を見つめて、肥料を撒いた。
ここの土は硬い。
普通の野菜を育てるのには、硬すぎて何度も失敗したが、やっと見つけたこのサツキ菜がことのほか上手く育ってくれて、ほんの少し、愛おしく感じ始めていた。
ベルハラ連合国。
連合国条約が制定されてよ4年足らずの連合国で大きな氷山を囲む様に六つの国々が隣り合う。
私は国境にある山の麓の森に私は暮らしていた。
今にも崩れそうなレンガ作りの薪小屋の中古物件に、頭陀袋を裂いて作った枕と掛け布。
村の農夫が捨てていった鍬や、鍋や水桶を補修して使い、動物の骨で作ったヤリなどが財産で、金など日雇いで稼いだ銅貨わずかのみ。
服も野垂れ死にした、旅人や兵士の物を3着ほど手に入れて着回している。
「こんな僅かな物だけで、魔族は生きていけるのか。」
この状況になって初めて知った。
意外と頑丈に出来てるもんだ。
こんなクズな私にも、太陽の光は平等に注いで恵みをくれる。
知らない事が多過ぎた…。
もっと、もっと全てを把握出来ていたなら、失う命も少なかっただろうに。
今思えば、単なる子供がオモチャを欲しがってただを捏ねたのを宥めるために、周りが従っていただけだ。
1番無能だったのは私だ。
「…みんな…すまなかった。」
顔を上げて、込み上げる後悔と虚しさに流れ出しそうになる涙をごまかした。
魔王…以前はそう呼ばれ玉座に鎮座し、大勢の家来を従えていた。
元々は山岳地帯の奥で暮らす、魔族の集団の長から生まれた私は、生まれつきの魔力と屈強な仲間たちと共に、次々と土地を略奪して、大国を築き上げた。
人間を毛嫌いしながらも人間に憧れて、人間の様な国造りをし始めた。
浅はかな欲望だ。
誰かの犠牲の上で踏ん反り返った道化師だった事を、今では誰よりも恥じている。
「そうだった、初めはそんなつもりじゃなかったな…。」
私が魔王となったそもそもの理由は、人間による魔族差別だった。
魔族というだけで人間は勝手なイメージを植え付け、怯えて毛嫌いし、石を投げた。
蔑まされた魔族は限界に来ていたのだ。
そして、長の息子である私が担ぎ挙げられた。
私にとってそれは正義だったのだ。
その時、その瞬間だけは嘘偽りなく正義を胸にしていたのだ。
昔の事を振り返りながらも、いつもの様に水を汲みに朝靄の中、ぼろ桶を片手に森の奥の泉に向かった。
妖精や動物達の憩いの場であるこの泉は人間が来る事は私の知る限りでは、なかったように記憶している。
光り輝く水面に小さな妖精がカラフルな光を纏いユラユラと楽しげに踊り、岸辺では尾長ジカが喉を潤していた。
彼等を驚かさない様に忍足で岸辺に近寄り、桶を静かに水に沈めた。
水に映し我が姿は、以前とはまるで別人の様だった。
身なりもそうだが、顔や身体は余計な肉がほぼ無く、骨と僅かな筋肉と皮で、紐で縛りし髪も乱雑に切ったせいかボサボサで毛の1つ1つが自由にうねりまくり、銀色の髪も薄汚れていた。
おかげで、切り落とされた大きなツノの跡も上手く隠れてくれている。
痩せた顔に目玉だけがギョロギョロと大きく、ゾンビの一歩手前並みだ。
「はぁ。」
己の姿に溜息を一つついて、顔を上げた途端、目の前に水柱が立った。
ザッパーァン!
「ひっやっほー!冷てぇ!でも美味いべ!生き返るべ~!」
驚いた妖精達は火の粉を散らす様にその場を飛び去った。
尾長ジカも一目散に立ち去って行った。
泉に飛び込んだ奴は、褐色の肌に形の良い筋肉、長めの黒髪を後ろに束ねた黒い瞳の青年だった。
呆然と立ち尽くす私に奴は気がついて、前髪をかき揚げながらこちらへと向かって来た。
「いやーこんな奥地に、こんな綺麗な泉があるの知らなかったべ。
あんたはここの人?
ここはいいっす。
空気も水も極上だべさ!」
白い歯を光らせて笑いながら、クセのある訛りで話しかけて来た。
「はあ、そうですか。」
あまり他人とは関わりたく無いのだが、無視をするとかえって突っかかって来るかも知れない。
言葉少なにこの場をどうにかして切り抜けたい。
作り笑いをしながら私は奴と視線を合わせずに最小限の言葉を返した。
「暇つぶしに森の中さ入ったのはいいんだけども、片目の大猪に追われちまって、一晩中森の中さ逃げ回ってたんさ。」
なるほど、こいつは田舎者の上にオツムがあまり…まぁいい、とりあえず話しを軽く合わせて機嫌のいいうちに別れよう。
「ここ一帯の主ですね。
最近出産したんで気が立っていたんでしょう。
出産シーズンだから危険も多い、早急に森から出る事をお勧めしますよ。」
「おおお!やっぱり、アイツの子供だったんだな。
めんこいウリ坊に吸い寄せられてしまってな。
ついつい周りを意識しなくてな。
いゃ~逃げて正解だったべ。
倒したら、あのウリ坊に一生恨まれるところだったべさ。」
「倒すって…!あ…!」
私は息を呑んで少しばかり後退りをした。
顔を見られない様に視線を外していたせいもあり、気が付かなかった。
声もあの時の様に、標準語でもなく、興奮してもいなかったので同一人物である事に気が付くのが遅れた。
あの時…敗北の夜、私の真の魔力の根源であるツノを切り落とした奴の姿がフラッシュバックして、脳を強打したかの様な衝撃を覚えた。
勇者アルバック。
その名を忘れる事は無い。
6人の仲間達と共に、人間達を奮い立たせ、我が魔王の国に攻め入り、勝利と名誉をその手に掴んだ青年。
俊敏な動きと類稀な剣捌きの映像が瞼から離れない。
ああ、この白い歯、確かにあの場でも奴は笑みを浮かべていた。
血流が身体中を高速で駆け巡り、体温が急上昇して背中と手に汗が流れた。
「あ?…うぉあ!裸だからか。
悪かったべ。
そりゃ視線に困るべな。
そこの木に服を掛けてるんだべ。」
や、別に貴様がフル○ンだから照れてる訳じゃないぞ!
勝手に勘違いしてやがる。
奴もこれ程やつれて、髪の色さえ漆黒の色から白銀へと変わり果てた私の姿に、かの元魔王である事に気がつく様子がなかった。
服を取りに反対側の岸辺へと向かうアルバックに警戒心は皆無だ。
今がチャンス!
私は足音を立てない様にしながらも、桶に水が半分にも満たないままその場から立ち去った。
極力気配を消す様に、細い獣道に足を合わせ、草音にも注意を払って小屋を目指した。
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