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第3章 テルビス編
予兆と決断③
しおりを挟むリラがスーラに会った数日後―…
ラリウスは自室で特に何をするでもなく、デスクに座り、ただ一点を見つめていた。するとノックの音が部屋に響いた。
ラリウスはそれが誰のノックかわかっており、小さく深呼吸をしてから返事した。
「どうぞ」
「失礼いたします」
一礼して入ってきたのはリラ。
「お仕事中なのに呼んですみません」
「いえ! 大丈夫です」
少しの沈黙があってリラが口を開く。
「あの…何かご用でしょうか?」
「………」
ラリウスはリラに視線を合わせる事なく、机のただ一点を見つめたまま小さく唇を噛み締めた。
「…ラリウス様?」
「明日から……テルビスにある別荘で働いてもらいます」
リラは一瞬その言葉の意味がわからず、内容を理解するのに数秒かかった。
「……え…あの……。どういう事…でしょうか?」
なんとか絞り出したリラの声は微かに震えている。そこでやっとラリウスはリラに目線を合わせ口を開いた。
「実は前からテルビスにある別荘の人手が足りてなかったのです。
だから…リラさんには暫くの間そちらで働いていただきたいのです」
ズシンとリラにラリウスの言葉がのしかかった。 頭の中が一瞬にして真っ白になる。
「…あ……」
はい。と返事をしないといけないことはわかっていた。なのに口を開いてみるがその一言が出てこない。
「いずれまた、こちらの屋敷には戻ってきてもらおうと思ってます」
「……どの位の期間…行けば宜しいのでしょうか?」
「……今のところ暫くとしか…」
計画性の高いラリウスから出た曖昧な言葉にリラはギュッとスカートを握りしめた。
「……半年以上になるかもしれない…と言う事ですか?」
「…そうですね」
歯切れの悪いラリウスの返答にリラは耐えるようにギュッと唇を噛み俯く。
「………裏のお仕事の…お手伝いは大丈夫なのでしょうか…?」
堅く握り締めたリラの手は微かに震えてるように見えた。
「はい。暫くは手伝いも大丈夫です」
平然と発せられた言葉にリラの心臓がドクンと強く脈打った。
「…そう…ですか…」
「ロードや他の使用人にも伝えてますから、今からもう荷造りをしておいて下さい」
「……かしこまりました」
「急で申し訳ありません。こんな事頼めるのはリラさんしかいなかったので…」
普段なら嬉しい筈のその言葉も今の状況ではただの言い訳で、またズキリとリラの胸に言葉が突き刺さる。
「それでは今から準備致しますので失礼致します」
リラは俯いたまま小さな声でそう告げ、ラリウスとは一度も視線を合わせないまま部屋を後にした。
********
(早く早く早く早く行かなくちゃ )
リラはひたすらその言葉を頭の中で繰り返し足早に廊下を進む。
(早く早く早く早くー…)
息をするのも忘れ、真っ直ぐ自分の部屋を目指す。途中何人かの使用人に会ったが、軽く会釈をする程度で立ち止まる事もせず足早に通り過ぎた。
普段とは違う行動に振り返る者もいたが、そんな事は微塵も気にせずただひたすら歩みを進めていく。
そうしてやっとたどり着いた自分の部屋。言葉通り、飛び込むように部屋に入り後ろ手でバタンと扉を閉じた。そして大きく息を吐き出して、空気を吸い込む。
(とりあえず落ち着こう)
そう思って何度か深呼吸を繰り返すが、すればする程呼吸が荒くなる。
「……ふっ…く……」
そして耐えていたものが溢れそうになる。慌てて両手で口を抑えるが嗚咽は止まらない。
「…う…くっ…」
息を吸い込むばかりで上手く吐き出せない。耐えるように強く瞑った瞳の端に涙が滲んだ。
「…うっ…うっ…」
扉に背中を預けたままズルズルと床に座り込む。
(『明日から……テルビスにある別荘で働いてもらいます』)
(『はい。暫くは手伝いも大丈夫です』)
頭の中で何度も再生される言葉。
「…くっ…何…で……」
(『ロードや他の使用人にも伝えてますから、今からもう荷造りをしておいて下さい』)
「…ひっ…うっ…何で……」
(『急で申し訳ありません。こんな事頼めるのはリラさんしかいなかったので…』)
「…ふっ…く…………」
ポタポタとエプロンに染みが広がる。
「………何、で……」
なんで願った日常はこうも簡単に崩れていくのだろう…
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