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第3章 テルビス編
和解③
しおりを挟む「……そろそろ用意しなきゃ」
次々溢れていた涙もいつの間にか止まり、最初に比べリラの気持ちは落ち着きを取り戻していた。
かなりの時間泣いていたようで、日光が差し込んでいた部屋もいつの間にか薄暗く闇が落ち込んでいる。ひとまず明かりを点けようとリラが立ち上がろうとした時、部屋に電話の呼び出し音が鳴り響いた。
この電話は内線専用電話で、これを使う人物は限られている。リラはとりあえず電気のスイッチを入れてから、一度深呼吸をし、緊張した面もちで受話器を取った。
「…はい。リラです」
「ラリウスですが…。少しお話できますか?」
声を聞いた瞬間リラの心臓が跳ねる。再び涙が滲みそうなのをグッとこらえて、出来るだけ普段通りに返事をした。
「……はい。大丈夫です」
「……今日は急に移動のお話をして申し訳ありませんでした」
「いえ! そんなっ! 人手が足りないなら仕方ないですし、気にしないで下さい!」
ラリウスの落ち込んでるような声音に気をつかわせてしまったのだと思い、リラは出来るだけ明るく言葉を返す。
少しの沈黙があったあと、掠れた声でラリウスがぼそりと呟いた。
「……本当は」
「…?」
「…本当は行かせたくなんか…ないんです」
「…え?」
「……申し訳ありません。本当なら直接お会いしてお話すべきなんですが…。
私の情けない顔…見られたくなくて……」
低く掠れた声はとても切なく、まるで助けを求めてるように聞こえ、リラは心配になり名前を呼んだ。
「……ラリウス…様? 大丈夫、ですか…?」
「えぇ、大丈夫です…。すみません」
「いえ…」
少しの沈黙の後、ラリウスが口を開いた。
「リラさん」
「は、はいっ」
ラリウスの一言は先ほどまでとは違い、何か意を決したような力強さが込もっており、電話越しにもかかわらずリラは背中をピシッと正して返事をした。
「今回リラさんに移動してもらうのは、リラさんの安全を考えての事だったのです」
「え? ……私の安全…ですか?」
「詳しい事は申し上げれないのですが…。リラさんがこのままメイザース家にいると危険な可能性があるのです」
「危険な…可能性ですか?」
「えぇ。まだ詳しい状況がわかってないので、リラさんに伝えるのは止めておこうと思ってたのです。
けど、ティーナ達にそれではリラさんが、追い払われたと勘違いすると言われて…」
「……皆様が」
「リラさんはメイザース家にとって必要な存在です」
はっきりと強く優しい声で言われた言葉はリラの息をつまらせ、すぐに言葉を返すことを阻んだ。
「っ…」
「だから…今回の事は私としても苦情の選択なのです。だから―」
「充分…です」
絞り出された声は嬉しさに微かに震えていた。
「ありがとう…ございます、その…お言葉だけで充分です…!」
再びリラの瞳から涙の粒が落ちる。しかしこの涙は先ほど流した涙とは大きく意味合いが違う。
ラリウスは電話越しに聞こえてくる微かな嗚咽に優しく声をかけた。
「リラさん…いつになるかわかりませんが、問題を解決して…リラさんが安心してメイザース家に戻ってこれるようにします」
「…はい。ありがとうございます」
「では、まだ荷造りも終わってないでしょうからこれで」
「はい。あ、あのっ…」
「はい?」
「わざわざお電話ありがとうございました。その…とても嬉しかったです」
照れたようなリラの言葉にラリウスは一瞬目を見開くと、嬉しそうに目を細めた。
「私もこうやってリラさんと…ちゃんとお話できて良かったです」
「はい…」
「では片付け大変でしょうけど頑張って下さいね」
「はい。本当にありがとうございました」
ラリウスが電話を切るのを待って、チンと電話を切るとリラはボスンとベッドに倒れ込んだ。
「ふふ…」
枕を抱き絞めるリラの表情は数分前の泣き顔が想像出来ないほど綻んでいた。
暫く幸せを噛みしめた後リラはベッドから立ち上がり、気合いを入れるため腕まくりをする。
「よしっ! 早く準備しなきゃ!」
気合い充分にリラは荷物をまとめる作業をやっと再開したのだった。
*******
ラリウスは受話器を元に戻すと、背もたれに背中を預け、ふぅと一息ついた。そして今まで話していた彼女の言葉を脳内で再生する。
(「その…とても嬉しかったです」)
自然とラリウスの顔が綻ぶ。その一言だけで今までの不安がどこかに消えていったように感じた。
今自分にあるのはどす黒い感情ではなく穏やで純粋な感情。ラリウスは何かから少し解放されたようなそんな気がした。
そして今だけはその心地よさだけを感じたいとその瞳を閉じるのだった。
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