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第4章 サリエル編
愛欲③
しおりを挟むサリエルについて行った先はラリウスが別荘に来た時に過ごすと聞いていた部屋だった。部屋には大きなベッドとアンティーク調のテーブルとソファーのセットが置かれている。
サリエルはソファーに座るとリラにも座るよう促した。リラはソファーに座るとさっそく疑問を彼にぶつけた。
「……さっき言ってたんですけど、初めての食事ってどういう事ですか?」
「最初に言っただろう。私はメイザース家と契約していた堕天使“だった”と。もう今は堕天使という存在ではない」
「つまり……?」
「今は人間により近い存在になった。
肉体を手に入れたのだ。だからリラにも触れられるし、食べる事も飲む事もできる」
「…今はメイザース家の方達は契約してる相手がいないと言う事ですか?」
「まぁ、そうだな」
「…それで皆様に悪い影響はあるんですか?」
「そうだな…。力は以前のように強くなくなるな。今はまだ私の力の残骸がある状態だ」
「……そう、ですか」
暗くなるリラの表情にサリエルは少し眉を寄せる。
「そんなにメイザース家の人間達が大切か?」
「そんなのっ…もちろん大切に決まってます!」
「……そうか」
一瞬の沈黙の後サリエルはふふ、と小さく笑った。
「…メイザース家は心地良かったろうな。例えそれが…作られた好意だったとしても」
サリエルの言葉にリラは目を見開く。
「…つく…られた…?」
「不思議じゃなかったか? いきなり現れたリラにみなすぐ心を開き、優しくしてたのが」
「それは……」
サリエルの言う通り不思議に感じていた―…なんでこんなにも優しいのか。
なんで自分の事を気にかけてくれるのか。
けどそれは自分が他の使用人に比べて若いのと、裏の事情を知ってるからだろうと思っていた。
「…はっきり言おう。メイザース家の人間がお前に好意を持っていたのは…私がお前に好意を持っていたからだ」
「え……?」
「つまり契約主に私の感情が伝染していた、と言った方がわかりやすいか…。それをみな自分の感情と勘違いしたのだ」
リラは言葉の意味を理解し、そして息をゴクリと飲み込むと震える唇でポツリと呟いた。
「………うそ…」
「嘘ではない。本当の事だ」
「うそっ……」
次々浮かんでは消えるみんなの笑顔。
全ては“偽り”
「………じゃあその感情のせいで私を引き取り、そしてジェス様との闘いに巻き込まれて負傷して…」
リラは手をギュッと握り俯いた。
「………全部、全部っ」
本当ならば自分はメイザース家に雇われてもないし、もちろん暗殺貴族の事も知らないはずだったんだ―…
アン様。シルキー様。ギル様。ジル様。ティーナ様。マディーナ様。ラリウス様。
屋敷で過ごしたのはほんの数年だったけど、思い出の密度はその何倍以上もあった。この世に生を受けてから一番楽しかった、幸せだった思い出。
ずっと続くと思っていた…のに。なのに…そもそもこの思い出自体が…
全部、全部。…なかった事なんだ。
「リラ…落ち込むな」
サリエルはリラの隣に座り、震えるその体を優しく抱き寄せる。ショックと混乱で拒絶する気力もなく、リラはサリエルの腕の中でクイと顔を彼の方に向かされた。
「……私がいる。私の想いは本物だ」
あぁ…なんて…
なんて優しくて残酷な言葉だろう―…
「リラ…私を受け入れてくれ」
「…………それは、出来ない…」
だってあの人の顔が頭から離れない
胸が裂かれる想いでやっと気がついた自分の気持ち
「…出来ない…だって…私……」
「それ以上言うな」
「んっ……」
落とされた口づけに抵抗するが、それさえも飲み込み深く侵入される。
「…やっ…ん………いやっ…」
しばらくして離された唇。2人の唇の間に糸が引く。
「……はぁ…はぁ…」
「…すまない。私もあまり余裕がないのだ」
「だからって…こんなの……」
「本当はリラの気持ちを待ちたかったが、実際人間となると欲というものが出てきた。
私はずっとずっと待ってた……。だからもう、待てない」
今度は首もとに降りてくる唇にリラは必死に抵抗する。
「…いやっ! …待ってたって私は知らないっ…!」
胸を押し返すが体重をかけられ、はねのける事はできない。首もとから降りてくるねっとりとした舌の感触にリラは小さく悲鳴を上げた。
「やっ…!」
「リラ…お前の何もかもが欲しいのだ」
「…やっ…誰かっ…! …いやっ…」
********
ジリリリリー
ジリリリリー…
テルビスの別荘に電話の呼び出し音が鳴り響く。
「はい。どちら様でしょうか?」
「あ。キリィか。マディーナだけどリラはいるか?」
「マディーナ様申し訳ありません。リラは只今街へ買い出しに出ております」
「そうか…じゃあ戻ってきたらすぐ屋敷に電話をかけなおすよう伝えてくれ」
「はい。かしこまりました」
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